71.決定事項
「アレクサンドラ嬢、外に出てくれないか? 騎士と医師がいるから彼らと共に昏睡状態の者を介抱して欲しい」
「……分かりました失礼致します」
これからの話は、一介の令嬢が聞いてはいけないのだろう。アレクサンドラは頭を下げてこの場を去った。
「──もっと早くに潰しておけば良かったかな」
リチャード殿下の言葉は殺意がこもっている。
ギルベルトは思わず身を竦ませた。リチャード殿下の方を怖くて見れない。ここまで静かに怒っている殿下は見たことがない。
多分後にも先にも今日がいちばん怖いとこの時のギルベルトは思った。
リチャードの手は携えた剣に伸びている。今、失言をしたら問答無用で首をはね飛ばされる。
誰であっても己の身が可愛いので口を挟むものはいなかった。
「そもそも、ことが上手く運ぶよう私達が調整していたからなのに……あんな破綻した計画。成功するわけないだろう。馬鹿か?」
リチャードは思わず無意識に握り潰そうとしていた指輪を、アレクサンドラに返しそびれたことに気がつく。
仕方が無いので内ポケットにしまい、外に出た。
「多分馬鹿なのでしょう。でなければあんなことしでかさないかと……」
ビクビクとしながらギルベルトは口を挟んでしまった。誰に尋ねても満場一致でギャロット辺境伯は馬鹿判定をくらう。
そもそも自分の主の下で実行しようとしている時点で頭が弱い。主が本気で潰しにかかったら砂さえ残らないのに。
「……企てて実行していることだけで愚かなのにまだ泥で上塗りする──逃げられると思うなよ」
凍てついている瞳。その奥に激情があるのをギルベルトは見抜いていた。
──殿下は本気だ。本気で潰そうとしている。これはギャロット家は一族諸共終了のお知らせだ。
自分達の敵ながら、ギルベルトは心の中で合掌してしまいそうだった。
「ルヴァ」
「はい」
どこにいたのか。足音ひとつ立てず、一瞬でジェニファー王女の侍女──ルヴァが現れる。彼女は侍女の服装だが、その手には物騒なものを持っていた。
森の中では気が付かなかったが頬も汚れている。
「なんだそれは」
ルヴァが持っていた刃物から、滴り落ちる赤い液体。周りの視線が集まっていることに気がつき、軽く刃を振れば、ピッと鮮血が飛んだ。
「すみません。リチャード殿下方に伝えに行く際、はぐれたらしい敵勢力に出くわしまして、処理しました。遺体の場所は把握しておりますので後で回収します」
無造作に服の中に隠しながらルヴァは言った。
「それは……」
「私のことは後で詳細に報告いたしますので。殿下、何かあるならば言ってください」
ギルベルトが口を開こうとした所をルヴァは遮った。
「ああ、約束では引渡しだったが……生きていなくてもいい? もしくは無しでも」
「…………こちらの国で処理していただけるのであれば別に大丈夫です。どうぞお構いなく。王女殿下も国王陛下も許可するかと。どうせジェニファー王女は死因をでっち上げるつもりでしたし」
『どこで殺そうがゴミはゴミです。変わることはありません』と、ルヴァは冷たく、吐き出すように付け足した。
凍りついたエメラルドの瞳は地面を汚した鮮血を汚らわしいと言わんばかりに睨みつけている。
ぐりぐりと地面を踵で踏みつけているルヴァをしばらく眺め、リチャードはギルベルトと向かい合った。
「じゃあギルベルト」
「……はい」
「後処理、一体だけだったけど追加で二体もしくはそれ以上に増えてもいい?」
「……どうにかします」
それ以外の応えはできないだろう。ギルベルトだって、どうでもいい、国に不利益な人物のことよりも幼なじみのエレーナの方が大事だ。大切だ。失いたくない。
仕事量が増えるだけでエレーナが戻ってきてくれるのであれば安いものだった。
「一応確認するが、当初の目的は忘れてないよな」
アーネストが口を挟んだ。
「そんなヘマはしない。偽ジェニファー王女とレーナは一緒にいるらしい。彼女が一緒にいる限り安全だと思うが、この時点でイレギュラーだ」
おそらくだが相手にとってもエレーナを攫ったのは計画外だ。リチャードの慕う人を知って、最後に一杯食わせようとしたならば間違いなく成功だが、そんなところまで頭が回る辺境伯ではない。たとえリリアンネが首謀者だとしても、突発的な行動であることは確かだ。
「騎士をふたつに分ける。行くぞ」
自分の愛馬の横に到着し、リチャードは勢いよく馬の背中に乗る。
高くなった視界からは、既に準備を終えて控えていた騎士たちが集まっているのが見えた。