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王子殿下の慕う人  作者: 夕香里
本編
65/134

65.交わり始めるものごと

「あっ! はいどうぞ取り皿に載せますね」


口をつけていないカトラリーでよそい、差し出す。


「違うよ。私は食べさせてといったんだ」


いつの間にかヴォルデ侯爵が椅子を一人分用意し、エレーナの隣に置いていた。リチャード殿下はそこに座る。


「──誰にですか?」


とりあえずとぼけてみることにする。


「決まってるよ。レーナだ」


「他の方にも同じようなことをお願いして──」


そんなことしてたかしら? と思い出してみるが、リチャード殿下は彼女たちの料理を押し付けられていただけだった。


「ううん。レーナだけ」


「…………」


ボッと体温が上がった気がした。


──私がリチャード殿下に食べさせる?! 他の人はしてないのに???


「えっあのっ」


また周りの視線が生暖かくなる。どうやら友人達は肯定的なようだ。


「ほら、早く」


心が追いつかないエレーナにリチャード殿下は急かす。これはエレーナがやらない限りどかないつもりだろう。それくらい彼女にも分かる。


──今までこんなことなかったのに。どうして急に。こっこんなの恋人や新婚夫婦がすることじゃないの!?


「……どうぞっ!」


考えるだけ無駄だ。時間だけが過ぎていく。

バッとフォークで豚肉を刺して、にこにこしているリチャード殿下の口の中に入れる。


「美味しいね。ありがとう」


そう言って満足したのか、リチャード殿下はジェニファー王女の元へ戻っていく。


「初々しいわね」


赤面しているエレーナを見てエリナは言った。


「うっうるさいわよ!」


軽く睨みつけたが効果はないようだ。


「殿下もようやく動くことにしたのか」


そう言ったのは今まで口を開かなかったサリアの夫──ディアヌ公爵。彼に続いてサリアが頷いた。そして友人たちはエレーナを置いて何かを話始める。


自席に戻ったリチャード殿下をちらりと見れば、ジェニファー王女が耳元で何かを囁いていた。そして蕩けるように表情を緩めたと思ったら、口を尖らせた。


あんな表情をする殿下は珍しい。エレーナだってそんなに見ることは無い。


もやもやが心の中に生まれて、エレーナは無理やり抑えつけた。気がつかなかったふりをした。


手を動かせば忘れられるだろうと食べ終わった食器を集めて、カートの上に置いたちょうどその時。ぶぉぉぉっと喇叭が高らかに鳴る。午後の狩りの開始だ。


外が騒がしくなり始める。エレーナも見送りをしようと外に出た。侯爵が馬を繋いだ場所まで来て、彼が騎乗するのを見届ける。


「午後も頑張ってくださいませ」


「頑張るよ。ここからひと仕事あるからね」


跨りながら侯爵は背伸びをして、リチャード殿下の方へ馬を寄せる。


ヴォルデ侯爵は殿下に何かを言って、2人は森の中に入っていった。


「さて、暇になるわねぇ」


天幕に戻りアレクサンドラは口を開く。


そこでエレーナはようやく思い出した。


「私、拾ったハンカチを返しに行ってくるわ。休憩の間に行こうと思っていたのすっかり忘れてた」


「一緒にいこうか?」


「ううん。私だけで行ってくるから皆と話してて」


そう言って再び外に出た。


「エレーナ様どちらに?」


「ええっと……他の天幕まで」


コンラッド卿に呼び止められる。


「一緒に行きましょうか?」


「いいえ、場所は分かるので一人で行きます。お心遣いありがとうございます」


「そうですか……お早めにお戻りくださいね」


何か言いたげにコンラッド卿は口を閉ざした。


「分かりました」


頷いて歩みを進める。リリアンネ様の天幕は近くだ。エレーナはすぐに見つけて、中に入った。


「リリアンネ・ギャロット様は居ますか?」


「私ですが何かご用でも?」


奥の方から鈴の音のような声が聞こえた。エレーナが近づこうとすると中にいた令嬢達が横に掃けていく。彼女の元まで直線の道が出来上がった。


「天幕でハンカチを拾ったのですが、リリアンネ様の物ではないかと。一度見ていただけませんか?」


リリアンネの前に着き、手に持っていたハンカチを差し出す。

彼女は無言で受け取った。


「これは私のですね。拾ってくださってどうもありがとう」


柔らかい笑みを彼女は浮かべた。その表情に既視感を覚える。


──確か……あの時の


エレーナが初恋を自覚した時。リチャード殿下の隣にいた。あの人ではないか。


数年前の記憶だ。細かい部分まで覚えてはいない。だが、エレーナの頭がこの人だと言っている。確信している。


(なんで今更……思い出したんだろう?)


リリアンネはリチャード殿下が出席する夜会には全て出ていて、リチャード殿下を慕う令嬢たちの筆頭のような人物。接触したことは何度かあったが、それも礼儀上の挨拶をするだけ。


今までこんなに直接的に会話をすることはなかったのだった。もちろん顔をよく見たこともない。だから思い出さなかったのかもしれない。


「お礼をするわ。もっと奥に。皆さんはどうぞそのままで」


付き従う令嬢達をその場に留めて、立ち上がったリリアンネはエレーナを手招きする。


肌は日焼けを知らない様な異様な白さ。瞳は透き通った海を思わせる金春色で、髪は綿飴のようにふんわりと柔らかい亜麻色をしていた。


リリアンネはエレーナの方へ振り返る。


燃えるような紅をさした唇は、ゆっくりと弧を描いていた。


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