63.手料理
「どうして逃げるんだい?」
アーネストの所まで逃げ帰ったエレーナに、リチャードは近づいた。
「あっあの、えっと、その! わっ私は今、手が汚れてますのでっ!」
エレーナは距離をとるために後退する。助けを求めるように友人たちを探すが、彼女たちは保護者のようにエレーナとリチャードを見守っている。
──たった助けて……欲しいのに! 何!? あの生暖かい視線は!
必死に視線で訴えるが、逆にひらひらと手を振られた。
「そっそうだ、ほら、早く戻りましょう? 昼休憩が終わってしまいます」
距離をとったはずなのにまた縮んでいた距離。おかしい。とってもおかしい。
逃げても捕まる。仕方ないので、笑っているリチャード殿下の裾を引っ張った。
そして歩き始める。
「昼か……レーナは何を作ったの?」
「私ですか? 私はアーネスト様が食べたいと言ったもの──サンドイッチですかね」
彼にはどうしてか、手作りしてきてと言われた。なのでエレーナは滅多にしない料理をしたのだ。といっても簡単な昼食だ。
何故なら普段料理をしないエレーナが厨房に立った時、包丁で怪我をするのではないかとリリアンが涙目になり、切る食材は使えなかった。どーしてもというのはリリアンが切ってくれた。
彼女はエレーナが怪我をしてから、体が傷つく可能性があるものをできるだけ避けるか、排除しようとしている。
主であるエレーナを気遣ってくれるのは嬉しいが、いささかやりすぎなのでは? と思わずにはいられない。
そんな風にしてしまったのは完全に自分のせいなので、強く反論することも出来ず、今に至る。
「──そうさ。しかも手作りだろう?」
急に輪に入ってきたアーネストは余計なことを言った。エレーナはそんなアーネストに対して無言のまま抗議するが、ガン無視される。
「手作りと言ってもパンに中身を挟んだだけですよ」
サンドイッチだけでは食べ盛りの彼には足りないだろうと、お肉料理とかも用意しているのはこの場で言うのをやめた。
これ以上何も話さないでと視線だけで伝えれば、そちらはきちんと受け取ってくれたようでアーネスト様は口を閉ざした。
「ふーん。そうか」
声色は変わってないのに、寒気がする。背筋に悪寒が走る。エレーナは何も気がついていない振りをして、にこにこ笑いながら歩く。
ふとリチャード殿下のクイーンであるジェニファー王女はどこにいるのだろうかと見渡せば、既に結構前の方をルヴァと一緒に歩いていた。
──普通クイーンであるジェニファー王女がリチャード殿下と一緒にいるはずでは!? なんで私?!
声を大にして言いたかった。まあ言えるはずもないのだけれど。
エレーナの左にはアーネスト。右にはリチャード殿下。異様な光景だ。通り過ぎる度にジロジロと見られる。視線が痛い。
(……ごめんなさい。ひっ! 他の令嬢達が怖い)
普通なら仮面を被って堂々としていられるのだが、今はどうしても出来なかった。身を縮めてしまう。
そうこうしているうちに天幕に着いて、中に入った。先に戻ってきていたジェニファー王女は座っている。他の令嬢やその相手も空いていた席に着席していたが、リチャード殿下が入ってくると一旦立ち上がろうとする。
「──座っていていいよ」
ナイト達を手で制して、リチャード殿下はジェニファー王女の隣に座った。
エレーナはサリアの右隣に、アーネストはエレーナの隣に座る。
令嬢達はいっせいにバスケットの中から昼食を出した。中には自分のナイトを無視してリチャード殿下に献上する人もでてくる。エレーナはそんな令嬢達を横目にテーブルに布を敷いて、その上にサンドイッチをいれた容器を置いた。
両手で蓋を開ければ真っ白なパンが目に入る。
「アーネスト様お好きな味をどうぞ。右から卵とレタス、エビとマヨネーズ、鶏肉の炭火焼きを挟んでいます」
エレーナは説明しながらもう一個容器を取り出す。パカッと開けばこちらはサラダとお肉にボリュームがある料理が入っている。
「アーネスト様は騎士ですし、足りないかなと思ったのでこちらも作ってきました。サンドイッチ以外は我が家のシェフ達が作ったので、味は保証します」
「ありがとう。美味しそうだ」
「ほんとに些細なものですよ……しかもこれはクイーンの仕事ですので」
「謙遜しなくていいんだよ」
いや、謙遜とかじゃない。本当にサンドイッチ以外ほとんどエレーナは手を出していないのだ。かろうじて容器に詰めるのをした程度。
けれど〝美味しそう〟その言葉を貰えると、お世辞であってもいつも一生懸命料理を作ってくれているシェフ達が褒められているようで嬉しくなる。
狩猟大会はナイトはクイーンのために頑張り、クイーンはナイトを労うのが一応基本だ。そのためクイーンである女性陣が昼食を作る。といっても貴族なので大体は家のシェフが作ったものを振る舞う。
だが、取り皿等は主催者が準備してくれている。天幕の中に設置されている場所から2人分の取り皿とスプーン、フォーク、ナプキンをもって自席に戻る。
侯爵に持ってきたものを渡せば、彼は早速昼食に手を伸ばした。