表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王子殿下の慕う人  作者: 夕香里
本編
62/134

62.拭いとる

喇叭の音を聞いた者は皆、馬を繋ぎ止める場所までナイトを迎えるために移動した。


ジェニファー王女はやはり視界が悪いのか、ルヴァに手を引かれてここまで来ていた。途中で何度か石につまづき、転びそうになっていたが脅威のバランス力? なのか、体勢を立て直して歩いていたので凄いと思う。


最初の一頭を皮切りに、とどめなく男性陣が帰ってくる。


「お帰りなさいませ」


目の前に止まった馬から飛び降りるように地面に足をつけたアーネストは、エレーナの言葉ににっこり笑った。


「ただいま」


「午前はどうでしたか?」


「まあまあかな」


手網を引きながらアーネストが移動を始めたので、エレーナも付いていく。


「まあまあがどれくらいか私には分かりませんが……」


エレーナは狩りをしたことがない。趣味で行う令嬢もいるが、自分の手で生き物の命を刈り取る行為はできそうにもない。


「んー良くも悪くもない、平凡ってこと」


本気を出せば良い順位が取れるが、今回の狩猟大会に参加した主旨は別にあるのと、ただ単にめんどくさいので、アーネストは程々に手を抜いていたのだった。


なんせ自分で狩った獲物をここまで運ばなければいけない。野ウサギや野鳥くらいならば馬に吊るして持ってこれる。しかし、もっと大型な鹿や豬になると、面倒臭い。


そんなアーネストの態度を一緒に狩りをしていた騎士団の者は勿論のこと、リチャードやギルベルトは知っていた。


だがエレーナはそんなことを知らないので、アーネストの言葉通りに受け取った。


「目立ちすぎるのも悪いですからね。それにアーネスト様は剣術の方が得意でしょう? あと、失礼しますね」


フォローになっているのか分からないフォローをして、先に水で濡らしていたハンカチを手に持つ。


そのままつま先立ちになって、左手をアーネストの頬に添え、右手に持ったハンカチで彼の顔を拭いた。


「動物の跳ね返りの血がついてました。これで取れたはずです」


プルプルと震えるつま先立ちの状態から、元に戻ってバッとハンカチを広げる。エレーナの言った通りそこには赤い染みができていた。ちょっと黒いのは時間が経って酸化したからだろう。


「エレーナ嬢」


「はい」


「顔を近づけるのは……やめてくれ」


「……っ! ごっごめんさい。なにも考えずにわたし!」


言われて気がつく。綺麗な顔が汚れているから拭いてあげよう。その思いしかなかった。しかしここは他の貴族が沢山いる。そんな場で!!! 今更己のしたことが恥ずかしくて。顔が赤くなってしまいそうだ。


「いや、そういうことじゃなくてね。──あー、誤射だとか言ってあいつに撃たれそう」


嫌な予感がする。後ろから殺気を感じる。アーネストはぶるりと反射的に震えた。


エレーナはそういう物に鈍感なので、そんなアーネストを見てキョトンとしていた。


「誤射……? されたのですか?」


どこかケガでもしたのだろうか? 心配になって全身をくまなく探る。


「ううん。今からされそ──」


言い終わる前にアーネストは口を塞がれた。顔は──見なくてもわかる。リチャードだ。


「余計なことをレーナに吹き込まないで」


耳元で冷たい吹雪のような声色で囁かれ、アーネストはこくこくと頷いた。


「あら、リチャード殿下おひさし──」


挨拶をしようとして1か月前のことを思い出し、思いっきり目線を逸らしてしまった。


あんなの家族以外からされることはなかったので免疫がないのだ。あれからも度々思い出しては悶絶していたのはエレーナだけの秘密。今も気を抜いたら頬が火照りそうになる。


「なんで顔を背けるのかな」


獣の血と土で汚れてしまった手袋を脱いで、リチャードはエレーナの顎に手を当て、こちらに向けさせる。


「そっ、それは」


必然的に目線が合った。目と鼻の先にリチャード殿下の顔がある。


──近い! 近すぎる!!! 無理!


あさっての方向を向きたいのに、リチャード殿下がそれを許してくれない。


「レーナ、僕の顔にはアーネストのように血がついてないかい?」


「そっそうですね……頬の辺りに少しだけ付いてる……かもしれません……」


直視できなくて瞳を細めて見た。若干だが、鮮血が付いている。


「あっ! 拭くものが必要ですよね。これをどうぞ」


血を拭った面を中に折りたたんでリチャード殿下の片手に手渡そうとした。


しかし、あと少しのところで殿下の手が引っ込む。

不思議に思ったエレーナはもう1回ハンカチを手渡そうとした。だが、受け取ってくれない。


──どうして? 拭きたいのよね?


「殿下……?」


「──僕はどこが汚れているのか分からないからレーナが拭いて。アーネストにやったみたいに」


エレーナは数秒ほどフリーズした。


笑顔で言われてしまえば断ることは出来やしない。既に人の注目を集めつつあり、これ以上他人の好奇な視線の対象になりたくない。エレーナは意を決してギュッとハンカチを握った。


エレーナは背伸びしようとしたのを見て、リチャード殿下が少し屈んでくれた。


「──失礼しま……すね」


男性なのに女性よりもきめの細かい肌。手を当てて、素早く鮮血を拭いた。


「はい、終わりました」


すぐさまリチャード殿下から距離をとる。脱兎のごとく逃げ出したエレーナの様子に、見守っていたアーネストは口元を押さえて笑っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ