61.天幕の中で
リリアンネ様にハンカチを返しに行こうと思ったが、リリアンネ様は彼女がいるはずの天幕には居なかった。昼休憩になったら帰ってくるだろうと、中にいた令嬢達に言われたのでまた後で来ることにした。
エレーナはアレクサンドラと自分の天幕に戻った。
「お帰り。あらサーシャじゃないの!」
エレーナの隣にいたアレクサンドラに気がついたサリアが駆け寄ってくる。
「サリア、後で私の愚痴を聞いてくれない?」
「いいわよ。さあもっと奥に」
隣のエレーナの表情でサリアは内容を察した。
アレクサンドラは既に奥にいたジェニファー王女に挨拶をして腰掛ける。
帰ってくると友人達の他に2~3人見覚えのある令嬢が座っていた。彼女達に軽く会釈して、サリアの隣にエレーナは座る。
正面にはエレーナが口を付けてやめてしまった紅茶とは違う飲み物が置かれていた。
「このお茶は何?」
カップの中は透き通った青緑色の液体だった。匂いからハーブティー関連のものだと分かる。
「ああ、それね。ついさっきおかわりはどうですか? って持ってきてくれたのよ。最初にでてきた紅茶とカップは片付けてくれたわ」
気の利く給仕達ね。とサリアは付け加えた。
「……そう」
取り敢えず喉が渇いていたので飲む。スーッと爽快感を感じた。供えてあるのは甘いこってりとしたお菓子が多いのでよく合うお茶だと思う。
「ねえ、最初からこちらを出しておけばよかったんじゃないのかしら……さっき飲んだお茶、少し苦かったもの」
小声でサリアに言えば、不思議そうな表情を浮かべられた。
「なんか隣国から取り寄せた貴重なお茶らしいからぜひ一口は飲んで欲しい。って下げる時言われたわ」
サリアは勿体ないからと全部飲んだらしい。他に天幕にいた人達も、貴重だと言われてほとんど飲みほしたらしかった。
けれどエレーナは彼女の言葉が腑に落ちない。
(隣国のお茶にあんなに渋みがでる入れ方あったかしら……)
一応これでも領地の特産品が茶葉だ。紅茶関連の話題や知識は他の令嬢よりも調べているし、頭に入れている。もちろんそれは隣国の紅茶も。
なんだかモヤモヤする。何か忘れているような引っかかりがずっとあるのだ。
「そういえばエレーナ、貴方のナイトはヴォルデ侯爵ってギルベルト経由で聞いたわ」
正面に座っていたエリナが身を乗り出して尋ねてきた。
「うん。ヴォルデ侯爵よ」
「貴方の弟のエルドレッドではないの?」
「今回弟はお母様のナイトなの。私はアーネスト様に頼まれたの」
友人たちになにか聞かれたらこう答えて、と言われたことをそのまま口に出した。
加えて友好関係を示すために何故かアーネストと呼んでと言わた。流石に呼び捨ては出来ないと拒否したエレーナとの折衷案で、アーネスト様になったのだ。
「いつの間にそんな仲に……」
「ありがたいことに、親しいお付き合いはさせてもらっているわ」
──あくまで今のところは契約としてね
「とっても怪しいわ。絶対になにか裏があるでしょう」
嗅ぎつけなくていいのに……勘が鋭い。それともエレーナの隠し方がわかりやすすぎる? ドキッとしながらも平常を装う。
「ないわよ。サリアは私のことを応援してくれるのでしょう?」
前回の茶会で言われたことを問い、にっこり笑うと横から肩を叩かれた。なんだろうと振り返れば、紙を掲げたジェニファー王女がいる。彼女は他の令嬢たちと話をしていたはずだ。
『──私も混ぜて。あなたたちといる方が楽しそうなんだもの』
どうやら媚びる者たちに疲れたらしい。大きなため息をついて、困ったような仕草をした。
「構いませんが王女殿下が聞くような面白い話では──」
『こうやって同世代の方と話すことが少ないの。だから普通はどのような話をするのか知りたいわ』
ジェニファー王女は何か起きなければこのまま女王──国のトップに君臨する。エレーナとは違って、帝王学等の学びで忙しいのだろう。
「そうですね。いつもは最近の流行りとかの話をよくします。今日の私の髪型、侍女が結ってくれたのですが、この国の流行の髪型なのですよ」
見やすいように後ろを向いた。エレーナの他にも何人もの令嬢が今日、この髪型をしている。
動きやすいし、前に髪が垂れてこないし、何より可愛い。流行るのも当然だった。
「それだけではございません。最近では──」
エレーナだって公爵令嬢だから流行物には敏感な方だ。でも、上には上がいる。それがサリアだ。彼女はこの国で流行っている物をジェニファー王女に説明し始めた。
王女の方も身を乗り出して聞いている。それだけを見ていると、王女は普通の年頃の令嬢のように見えた。
そんな中、昼休憩を告げる喇叭の音が森に響いた。