06.後悔と悩んだ末に決意した心(2)
「お父様、いい縁談はありませんか? 優しい方なら縁談を受けようと思うのですが」
家族団欒の夕食で、腫れぼったくなった瞼を擦りながらエレーナは父に尋ねた。
数時間泣きながら考えたのだが、この歳にもなって未練がましくリチャードを追っていたらダメだろう。追っていた結果がこれなのだから。
泣いていても何も始まらない。行動を起こさなければ自分が望む未来を掴めない。王宮での件でようやくエレーナは分かったのだ。
それにいつまで両親に甘えるのか。このままでは親不孝者になってしまう。
「あぁいつも通り縁談は断っておくよ…………ってえっ?! エッエレーナ!? どういう風の吹き回しだい?」
カチャンとテーブルから食器が、父の手からはナイフが、重力に逆らえずに床に落ちた。
「そっそうですよ姉上、熱でもあるのですか?」
「エレちゃん、大丈夫? 体調でも悪いの?」
弟のエルドレッドは慌てて風邪薬を探しに行こうとし、母であるヴィオレッタに至っては、エレーナの額に手を当てて熱を計ろうとしている。
端で控えていた執事と侍女は見てはいけないものを見てしまったかのようにあんぐりと口を開け、仕事を忘れて固まっている。
(……そんなにおかしなこと言ったかしら?)
「熱なんてありませんよ。体調も万全です」
目は泣きすぎて赤くなっているだろうがそれ以外はなんともない。
「頭をぶつけたかい?」
「いいえ」
「それではどうして急にそんなことを」
「このままいくと私、行き遅れになりますよね。そうなるとお父様とお母様、それにエルドレッドにも迷惑がかかりますでしょう? 家族に迷惑をかけるのは嫌なのです」
「私達のために結婚すると言うならばしなくていい。私たちはエレーナに幸せになってもらいたいんだ」
「ええ、だから幸せになるために優しい方と結婚したいのです」
これは本当。結婚するなら優しい人がいい。それに世間一般の令嬢の幸せとは結婚して円満な家庭を築くことだ。と言っても、売れ残りになりつつあるエレーナが嫁げる先に選択の幅があるわけではないけれど。
家格にこだわるつもりは無いし、何なら商家でも構わない。とにかく優しい殿方ならば何処へでも嫁ぐと決めた。
「とりあえず、今ある縁談を教えてくださいお父様」
「いや、リチャード殿下はどうしたんだ?」
「リチャード殿下ですか? 何故そこで殿下のお名前が?」
またまたお皿が割れる音がした。今度は水差しを持っていた執事が水差しを落とし、床一面水浸し。
壁に控えていた給仕のメイドが慌てて床を拭いていく。
「……エルドレッド、エレーナは私が想像していた以上に鈍感らしい」
「父上、残念ながらそのようです。これ程鈍感な人を見たことがありません」
ルドウィッグとエルドレッドはエレーナを哀れな目で見てくる。
どうしてそんな顔をするのだろうか。訳が分からなくて戸惑ってしまう。
ヴィオレッタも近くまで寄ってきて、小声で話しかけてきた。
「レーナ、てっきり貴方はリチャード殿下を慕っているのだと思っていたわ」
ぎゅっと心臓を鷲掴みされたようでとても痛い。ヴィオレッタの言う通りである。
「今は違いますよ」
そう答えないとやっていけない。
リチャードには他に好きな方がいらっしゃる。今更エレーナが想いを告げたところで迷惑になるだけ。
まだ消し去ることはできないけれど、いつかは笑ってこの話をできる日が来ると信じている。
エレーナは涙が枯れるほど泣いて、そうやって自分を納得させることにしたのだった。
「そう……なのね」
いつもと違う雰囲気の娘に、母であるヴィオレッタはそれ以上何も言えなくなってしまう。
「私からは結婚を推すことはしない。だが、エレーナが自分から進んで結婚をしたいと言うなら私は何も言わない」
「はい。ですので縁談を教えてくださいまし。選びますので」
「………分かった。後で部屋に届けるよ」
「ありがとうございます」
にっこり微笑むと両親は一瞬、何かを言いかけて口を閉ざした。