58.群がる人々
作られたスペースに座って他の人を待っていると、次に現れたのはサリアだった。
彼女も先程のエレーナと同様にジェニファー王女に挨拶をし、ブローチを受け取っていた。
「おはようサリア」
「おはようエレーナ。去年より来るの早いのね」
エレーナの隣に腰かけたサリアは声をかけてきた。
「ええそうね。サリアも朝早くからご苦労さまよ」
外が騒がしくなってきた。持っていた懐中時計を見れば、狩りが始まるまで1時間を切っている。もうそろそろエリナ達も到着するだろう。
給仕の人が運んできた紅茶を口に含む。家で飲む紅茶よりも味が濃いのと少し渋みがあるのが気になった。
だが、生産地が変われば風味等も変わる。他の地域や国では濃い茶を飲む習慣があるので、普通よりも時間を置いて入れたのだろう。
(なんだか変な感じ。私には合わない味ね)
手をつけたものを残すのはあまりしたくない。でも、エレーナには飲めそうになかったので一口飲んでカップを置いてしまった。
周りを見るとサリアもジェニファー王女も普通に飲んでいる。どうやらエレーナだけ口に合わなかったようだ。
口直しをしようと置かれていたマカロンに手を伸ばす。歯を立てればサクッと言う音とともに口の中でホロホロと外側が崩れていく。
とろりとしたチョコレートが間から出てきて、とても甘い。
エレーナは甘いお菓子が大好きだった。エルドレッドは塩辛い異国のお菓子の方が好きだというが、頰が落ちそうになるくらい甘くて柔らかいお菓子の方が美味しいと思う。まあそれは個人の味覚による好みだけれど。
天幕にはその間もどんどん人が来る。それは待機場所がこの天幕になった令嬢に加えて、ジェニファー王女に挨拶をしたい貴族も訪れる。
そのせいで普通なら十分すぎるほどの大きさの天幕も、人が多すぎて窮屈に感じる。
ジェニファー王女が狩猟大会に参加するのは事前告知がなかった。エレーナが知ったのは特例だったのだ。先に言ってしまったらもっと朝早くから人が来て、大変なことになっていただろうし、警備を増やさなければならないだろう。この時点でいつもの狩猟大会の倍は騎士が警備と待機している。
居づらそうに端に寄ったエレーナ達に気がついたのか、それとも自分のせいだと思ったのか。
ジェニファー王女はルヴァに耳打ちし、自分も紙に何かを書き付けた。
『これ以上は外でお受け致します。一旦皆様外に出てくださいませ。ここは私だけではなくて他の令嬢も使う場所なのです』
にこやかに笑って応対していたジェニファー王女は、一瞬にして迷惑そうに冷ややかな雰囲気を伴い、紙を目の前にいた貴族の鼻の先に押し付けた。
「──との事ですので皆様外に」
彼女に変わってルヴァが貴族達の追い出しにかかる。2人の雰囲気に気圧された貴族達は後退していって、全員外に出ていった。
『ごめんなさい私のせいで……』
ジェニファー王女は顔の前に書いた紙を掲げる。
「大丈夫ですよ。お気になさらず」
エリナが答えた。
いつの間にいたのか。エレーナは気が付かなかった。にこにこしているが多分、彼女は先程までいた貴族達が邪魔で邪魔で仕方がなかったのだろう。誰かが落としたハンカチを足でグリグリ踏み潰しているのを、エレーナは見てしまった。
(ああいう自分の利益と権力のためだけに蟻のように群がる人、エリナは嫌いなのよねぇ)
エレーナも好きじゃない。けれどエレーナよりエリナの方がそういう欲深い貴族を毛嫌いしている。
なぜならジェニファー王女に群がる者とは少し違うが、過去に彼女の叔父が賭博で借金を作り、エリナの父──エンダー公爵に金をせびっていたからだ。
エンダー公爵は兄弟であるエリナの叔父にしつこく迫られても、お金を渡さなかった。
1度甘い汁を知ってしまった者は幾度となく迫ってくるのを知っていたからだ。
だが、そういう者は諦めが悪い。
血のかよってない冷血漢だとかエンダー公爵のことを罵り、挙句の果てには他の貴族に嘘の噂を流した。
公爵のことをよく知っているエレーナの父や他の当主達は信じなかったが、関わりのない貴族の中には一定数信じる者もいた。
そのせいで信じた貴族の子供が、娘のエリナにも酷いことを言うことがあった。エレーナは傷つくエリナを見てきた。
その時からエリナは権力やお金が好きな貴族のことを毛嫌いしていたのだ。