56.騎士様
そのまま歩みを進めて入口に着けば騎士が守るように立っていた。彼らはヴォルデ侯爵が率いる黒の騎士団の人のようだ。
王国には他にも複数騎士団がある。見分けの付け方は簡単だ。黒いマントを夏でも冬でも羽織っているか羽織ってないか。暑くないのかと前々から不思議に思っていたので、先週ルイス公爵家に訪れた侯爵に尋ねると、夏は生地が薄い物でできているとのこと。ただそれでも暑いらしく、痩せ我慢していて顔に出ていないだけらしい。
詳細を聞いてエレーナは、騎士の人は目に見えないところでも大変なんだなと思った。
黒のマントが団服だから、彼らには着用しないという選択肢がないらしい。
建国当初から黒の騎士団は存在し、今日迄脈々と受け継がれてきた。だから伝統的にも暑いというだけで、そこを手抜きすることはできないのだろう。
「おはようございます。クラウス卿、コンラッド卿」
警備していた2人には見覚えがあった。特にクラウス卿は小さい頃王宮を訪れると、よくエレーナを案内してくれた騎士の方だ。顔見知りに会えて自然と表情が柔らかくなる。
「お久しぶりです。ルイス公爵令嬢」
目じりに皺が刻まれ始めたクラウスと若いコンラッドは、エレーナを視認して優しく微笑んだ。
「今日はこの天幕の警備ですか?」
彼らは狩猟大会にでないのだろう。騎士団の中で半分くらいは貴族であっても不参加だ。その代わり、天幕の警備にあたっている。大会に参加する者は、開始までの警備に携わるときもあれば、その日を非番にして狩猟だけを楽しむ人もいる。
「そうですね。それが表向きですが、実際は中にいる御用人達の警護です」
御用人となればエレーナの脳内には1人しか浮かばない。
──じゃあ既にジェニファー王女は中にいらっしゃるのかしら?
騎士をパートナーにしてない限り、出席する令嬢達はもう少しあとに来るはずだ。
しかも王女殿下のパートナーはリチャード殿下。
騎士ではないし、王子殿下が早く来られると他の貴族はそれよりも早く来なければいけない。それが暗黙のルールである。
だからリチャード殿下がこんなに早く来る筈がないはずなのに……。
王家の馬車は止まっていたかしら? と思い出してみるが、周りの馬車の家紋をエレーナはきちんと見ていなかった。
「御用人が人が少ないうちに天幕の中に入りたいと仰ったのです」
エレーナが不思議に思っているのがバレバレだったのか、コンラッド卿が先に答えてくれる。
ヴォルデ侯爵が言った通りのようだ。人が増える前に……ということは人目につきたくないのだろう。
「ではリチャード殿下は?」
ジェニファー王女が来ているのならば殿下も既にご到着されているはず。興味本位で尋ねてしまった。
「殿下は既に狩りの最終調整をしてます。そこまでお連れしましょうか?」
「あっ大丈夫です。用事がある訳では無いので」
狩りの前の準備は大事だ。弾薬や矢の数。対象は動物達だが、人に危害を加える可能性がある武器を使うのだ。不具合で人に向かって誤射したらひとたまりもない。そういうのを防ぐためや、精神を集中させるための最終調整。
「そうですか。早とちりしてしまいました。お許しください」
「いいえ」
「エレーナ嬢、中にお入りになられたらどうです?」
「いいのですか?」
ここまでの話でジェニファー王女は人見知りが激しいという印象だ。自分が入ってしまっていいのだろうか。いや、どうせ大会が始まったら中に居ないといけないのだけれど。
(1対1だと気まずいわよね……誰かいればいいのに)
エレーナはそこまで考えたが、中からは声が聞こえない。つまり王女殿下しかいらっしゃらないのか、周りが話すのを控えているのか。何方にせよ気まずそうだ。
「構わないと思います。団長にも言われたと思いますがお気をつけて」
入口の布を2人は上にあげて、入りやすいようにしてくれる。
「ありがとうございます」
お礼を言って布をくぐれば円形の大きな室内の一番奥に1人の女性が静かに座っていた。