05.後悔と悩んだ末に決意した心(1)
王宮からどうやって帰ってきたのかは覚えて無いが、エレーナは気がつくとルイス邸の廊下を歩いていた。
ふらふらと自室へ続く廊下の左右の壁に身体をぶつけながら歩く。
「ひぇっ! おっお嬢様……!? 一体どうなされたのですか? 王宮で何かありましたか?」
部屋の掃除をしていた侍女のリリアンは、勢いよく開かれた扉から盛大に転びながら入ってきたエレーナを目撃し、軽く悲鳴をあげた。
「リッリリアン……居たのね」
エレーナは床に打ちつけて真っ赤になった顔を、ボサボサになって見るに堪えない金髪と共にあげた。
ただ事では無いと思ったリリアンは、持っていた布巾とモップをその場に置いて直ぐにエレーナに駆け寄った。
「はいお嬢様。部屋の掃除とドレスの整理を他の者としようと思っていましたので」
濡れた手をポケットに入ってた布で拭いた後に、リリアンはしゃがんで取り敢えず主の顔にかかっている髪を耳にかける。すると髪の間から生気を失った瞳が出てきて再び悲鳴をあげそうになった。
「リリアンお願いがあるの」
「はい。なんでしょうお嬢様」
エレーナがこのように落ち込むことはよくあることで、リリアンは扱いに慣れていた。直ぐに切り替えて落ち着きを取り戻す。
「掃除は明日にして、今日は誰もこの部屋に入れないで」
「分かりました」
こういう時はそっとしておくのが一番だ。
だから何も尋ねることはせず、静かに部屋の外に出ていく。
部屋に誰もいなくなると、エレーナは床から起き上がって寝台にダイブした。
「もう泣いていいわよね……うぅ……ひっく」
我慢していた涙が堰を切ったように金の瞳から流れ落ちていく。
「振られる覚悟で……伝えておけばよかったのかしら……ひっく」
今さら後悔してももう遅い。何も変えられないし変わらない。諦めきれない気持ちが彼女の中で大きくなっては小さく萎む。何度も何度もそれを繰り返しては傷口が広がっていく。
「私の意気地なし! ふぇっ……全部忘れられればいいのに」
手で拭っても拭っても瞳から流れ落ちる涙は減ることはなく、ぽたぽたとシーツに落ちては吸い取られていく。
この恋心も、後悔も、小さい頃からの殿下と過ごした想い出も。全部全部、紙を燃やせば何も残らないように、全て忘れてしまえばどれほど楽になれるだろうか。
楽になりたい。
忘れてしまいたい。
そう考えてしまう自分がいる反面、忘れたくない、楽にならず、ずっと好きでいたいと思ってしまう自分もいて、感情が複雑に入り交じっている。
ぐちゃぐちゃの感情に任せて寝台に整えられていたクッションに腕を振り下ろせば、縫い目が裂けて中に入っていた羽毛が辺りに舞う。
ふわりと浮き上がった羽毛はエレーナの頭にも落ちてくた。
「エレーナ、貴方は馬鹿よ。大バカものよ!」
止めることの出来ない涙によってぼやける視界は、自分の中途半端な立ち位置を示しているようで余計にエレーナを追い詰める。
そして何よりリチャードを追いかけていただけで何もしてこなかったのに、悲しんで泣いている自分自身が一番恨めしく、嫌いで、許せなかった。