47.昼食
「支度ができました。食堂の方に来ていただけると」
扉を少し開き、エレーナは中にいるはずの2人に向かって話しかけた。
最初は外にしようかとも思ったが、食堂の左手はガラス張りになっていて、そこから庭園を眺めることができる。
今は向日葵が咲いて、一面黄色だ。室内にいても花を楽しめるので、デュークと相談した結果食堂にしたのだった。
「ありがとう」
アーネストはいまだリチャードに踏まれて痛む右足を庇いながら立ち上がった。
エレーナが食堂まで案内して中に入れば、ずらりと並ぶ色とりどりの料理の品々。一品の量は少なく、代わりに品数を増やしている。
飲み物も水から果実水まで数種類あった。
もし、苦手な食材があっても他に食べられるものを用意した形。これだけ用意すれば極端な偏食でもない限り口に合うものはあるだろう。
「お好きなものをお取り下さいませ」
「すごいね。ここのシェフ達は大変だっただろう。急に押し掛けてきたのにこんなに用意していただけるなんて。御礼を言っておいてくれないか?」
「もったいないお言葉です。あとでかならず伝えておきます」
扉の傍に控えていたデュークが頭を下げてリチャード殿下の言葉に答えた。
デュークの額には軽く汗が浮かんでいる。ほんの数十秒前まで指示を出していたからだろう。
──いつも大変よね。デュークは
普段からお父様に振り回され、休暇を返上して働いている彼は疲弊している。そろそろ短期間でも休みをあげた方がいい。というか多分強制的に休みを与えないと、彼はずっと働いている。
前、1回だけ聞いたことがある。デュークは休みを貰わないの? 何でずっと働いてるの? と
そしたら彼は──私が休んでいる間に、ルドウィッグ様が何をしでかすか考え、不安になるより監視していた方が楽ですので。と生気を失った瞳でエレーナに教えてくれた。
──お父様、過去に一体何をやったの……。と幼いなりに絶句したことを覚えている。
だからエレーナは父に相談して、強制的に休暇を取らせようと思った。
そんなことを考えながらじっとデュークを見ていると、訝しげな顔がエレーナの方に向いた。
これ以上はあとで怒られる……やめよう。エレーナはさりげなく視線を料理の方に戻した。
個人個人で好きな料理を指定して、席に着けば給仕係のメイドが料理を運び、飲み物を注いでくれる。
食事中、場を取り持とうとしているのかずっと話していたのはヴォルデ侯爵だった。
次から次へと出てくる話題にエレーナは舌を巻く。
「とても物知りなのですね」
魚介のスパゲッティを食べ終わり、フォークとスプーンを置いたエレーナは口を開いた。
「騎士なのに珍しいと思うかい?」
「いえそんな……」
少し後ろめたさを感じた。なぜなら心当たりがあったからだ。
エレーナの中で「騎士」という職業は、脳筋の方が多いという認識だ。文官は登用するのに筆記試験が必須だが、騎士団に入るのには不必要。
確かに頭脳も、指揮をする者には必要だが彼らにいちばん求められているのは武力であり、大半は知識がなくても活躍できるし、人間性が歪んでいなければ出世できる。
ほとんど頭より身体を動かす職業だ。知識を取り込むより剣術の鍛錬をしてる人が多いからエレーナもそう思ってしまっていた。
「本を読むのが趣味でね。それに加えて普段は王宮の警備を担当しているから、貴族達の噂話とか沢山入ってくるよ。聞きたい?」
にやっと悪巧みをしている表情を浮かべる。八重歯がちらりと見えた。
ああ、そういう事か。
王宮の要所に騎士は立っている。けれど貴族は騎士を置物のように扱うので、透明な存在になる。だから貴族は騎士がいても普通に会話をするし、陰口を叩く。
そうなるといやおうなしにそういう話が耳に入ってくるのだろう。