表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王子殿下の慕う人  作者: 夕香里
本編
33/134

33.婚約の条件

「ええ?! ここで今言うの?」


ヴォルデ侯爵は仰け反って驚いた。

突拍子もないことを言った自覚はある。

タイミングもおかしいだろう。


それでもここで言わなければエレーナはいつまで経っても婚約出来なさそうで、うだうだとなるのが分かっていたから言ったのだ。


「はい。そもそもそちらがこちらに先に、縁談を申し込んだのですから拒否しませんよね?」


ずいっと近寄って圧をかければヴォルデ侯爵は1歩後ろに下がる。その後ろはもう湖面で、落ちるか落ちないかの瀬戸際。


彼に逃げ場は……ない。


「そりゃあそうだけど……君に申し込んだのは……絶対に拒否されるから都合がいいと……父上が誰でもいいから縁談を申し込めとか言ったから」


何かボソボソと侯爵は言う。その間エレーナの心臓はドクンドクンと大きく波打っていた。これでも口に出した言葉に恥んでいるのだ。


夜に紛れているので分かりにくいが、頬は火照り、手先は震えている。


自分から言ってしまった。拒否されるかしら? やっぱりダメかしら? こんな行き遅れの令嬢よりももっと若い子の方がいいわよね、あぁなんで私こんな変な所でこの話題を。


何も返してこない侯爵によってエレーナの思考はネガティヴになっていく。元々エレーナの思考はネガティヴになりやすかった。それが彼女の悪い癖でもあり、勘違いやすれ違いを引き起こすひとつの要因。


コツンと足に当たった何かに目を向けると靴だった。そういえばエレーナはまだ裸足だ。慌てて履き直せば、ヒールの高さで負担がかかり、先程まで感じてなかった激痛で座り込みそうになる。


「えーと、エレーナ嬢」


「はい。なんでしょう」


ジンジンと痛む足に冷や汗をかきながら平然を装う。

闇夜に熔ける彼の瞳がエレーナを見据えて、金と紫の瞳は月と夜のように溶け合って混ざり合った。


「警備の関係で中にも少しの間いたが……君は慕う殿方がいるんじゃないのか」


知っているはずなのにあえて侯爵は名前を出さなかった。


憐れむような視線はエレーナが叶わない恋を抱いていることに対してなのか、それとも──恋心を隠せと言いたいのか。


「────そんなに分かりやすいですか?」


か細い声で言えば熱を持っていた身体は急速に冷えて、無意識に視線が下がる。


「分かりやすいというよりできあがっている……みたいな? 私以外にも言われているのではないかい?」


「言われましたが……周りは知らないのですよ」


──彼の慕う人は私ではないことを


「君がそう思っている限りダメなんだろうけど……よし、そうだ! 分かった。君のご両親が許可するのであれば婚約を結んでもいい」


「ほっ本当ですか?!」


目を輝かせて侯爵を見れば彼は頷く。


「彼の幸せと君のために一肌脱ごうじゃないか。きっと今にわかるよ? 本物の王子様が君を攫いにやって来る。そして私は他の令嬢達と父の催促から逃げられるしね」


「王子様……来れば嬉しいですけどね」


苦笑が混じった声が漏れる。


「あっでも条件がある」


「条件? 私にできることであれば」


「それは────」


言われた条件は、普通だったら簡単なこと。

周りには何も影響を与えないこと。

でも今のエレーナにとってはつらいことだった。


それでもエレーナは呑むことにした。前に進むことにした。


「今度行われる行事の後に……私がすればいいのですよね」


「そうだよ。無事に終わればその後に婚約証明書を提出する」


とても簡単なことだ。すんなり終わるだろう。エレーナを騙しているようには見えないし、何より騙す理由がない。


「わかりました。それで終わりにできるのなら」


今度こそ差し出された手を取る。握られた手は屈んだヴォルデ侯爵の肩に動かされた。


「背中に乗りな。足が痛いだろう?」


「……歩けます」


「騎士に、怪我人をそのまま歩かせろと?」


侯爵の顔に苦笑が浮かぶ。


このままでは押し問答だ。本当はとても足が痛い。歩けそうにない。意地で歩けると言っているだけ。彼にはそれを見抜かれている。


「御心遣いに甘えて……ありがとうございます」


ヴォルデ侯爵の背中に体重を乗せる。振り落とされないように、両腕は首の前に出して、シャツを掴む。


「では行こう」


グンッといつもより高くなる視界。

木の枝を踏む音。

梟の鳴く声。

木々の擦れる音。


いつもより鮮明に記憶に残る。


無言のままヴォルデ侯爵は進む。エレーナが落ちないように気を付け、普通よりゆっくりとしたペース。それでも数分で宮の近くまで来た。


「侯爵様」


眩しいきらびやかな宮を見ながらぽつりと呟いた。


「なに?」


「よく、私の申し出を拒否しませんでしたよね」


「今さら君が言うのか?」


「条件こそ……あれですが。私よりももっといい令嬢いるでしょう。これでも私、行き遅れなのですよ」


「ははは。それは仕方ないだろう。鳥籠の中で守られていたのだから。自由であって自由ではなかったのさ。君が気がついてないだけで」


「自由ではない?」


「今にわかる。君はとても大切な存在なんだよ。彼にとってね。許してやってくれ」


それっきり再びエレーナとヴォルデ侯爵は無言になった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ