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王子殿下の慕う人  作者: 夕香里
本編
31/134

31.月下の元で(1)

(どこにいく? 同じ階にいるのは……見つかりそうだし)


記憶を頼りに人気のないほうへ足が進む。予想通り、メイリーンは追いかけてこなかった。途中まで聞こえていた声も今は無く、辺りは静かだ。


カツンカツンとエレーナの履くヒールの音だけが規則的にこだまする。


気が付けば随分と会場から離れてしまっていた。


どこに向かいたいのかは分からない。ただこの場から離れたかった。逃げたかった。


(婚約してくれる方を……探さなきゃ行けないのに)


そう思うのに、目の前に見えるのはまばらにある灯篭の弱々しい灯りのみ。奥には暗くてよく見えない庭園。すこし不気味に感じるが、吸い寄せられるように向かってしまう。


固い石畳のところから、柔らかい、少しヒールが埋まるような芝生のある場所に足を踏み入れる。


エレーナは踝近くまであるドレスの裾が汚れるのも厭わず、歩く。

悠然と佇む月が背後の空に見えるので、方角は北だろう。

確か北方の庭園は宮殿によって陽光が差し込まず、植物の育ちが芳しくないため、あまり手入れされず、人も寄りつかないと聞いたことがある。


一応とのことで造られているのか、花壇はある。植木も植わっている。だが、それはほぼ自然のまま、人の手が加わってないのが素人目でも分かった。


端の方に樽とスコップが放置されていた。鉄製のスコップの方は錆び付き、木製の樽は雨風にさらされ、腐っている。


前方に小道がある。どうやら王宮を囲む森に続いているようだ。木が生い茂る中にある道は明かりがなく、足元が見えないほど暗い。だけど確か此処を通ると……


エレーナは途中から靴を脱いで走り出した。息が切れても走って、心臓が悲鳴をあげても走って、低木が植わる庭園の間を通り抜けて。


ドレスは蔓延る草木によって細かく破れた。髪には木の葉がついた。髪飾りは──いつの間にか消えていた。


その間、無意味な感情だけが頭に残って、同じことを考えてしまう。


リチャード殿下が好き。ずっと小さい頃から好き。さっきだってダンスに誘われたのだってとても嬉しかった。素直に喜べない今の現状が悲しかった。


やっぱり捨てることなんて……できないのだ。


「あぁもうっ! 私はどう頑張っても殿下のことが好きなのよ! 馬鹿みたいに諦めの悪い女!」


胸に溜まっていた本音を言えば少しスッキリする。


靴を持って草むらを抜け、木の根が地上に出ている場所を抜ける。


「はぁはぁ」


荒い息をしながらたどり着いたのは湖畔だった。凪いだ湖面に月だけが映しだされている。


ドレスが汚れるのも厭わず、地面に座って水に脚を浸けた。ちゃぷんと水は音を上げ、エレーナの脚をすんなりと受け入れる。


ピリッと怪我した部分が染みた。だが、気がつかなかったふりをする。


手でお椀を作って水を掬えば、手の中に儚くてすぐに消えてしまう月が浮かびあがった。その美しさに惹き込まれたエレーナは、何度も何度も掬っては、己の手から伝い落ちていく水を眺めていた。


しばらくの間ここにいよう。どこにも居場所がないし、今戻るのは……嫌な予感がする。


浸けた足で水を弾く。まるで幼子のように遊んでいると、ガサガサと草をかきわける音がして、エレーナは後ろを振り返った。


「珍しい。いつもは女性なんていないのに」


月明かりの中、エレーナも通った木の影から1人の青年が出てくる。


「貴方は────」


「私はアーネスト・ヴォルデ。一応君に求婚の手紙を送った侯爵さ」


鮮血よりも鮮やかな赤髪に紫水色の闇夜に溶ける瞳。舞踏会としては少しラフな服装をした彼は、エレーナの近くまで近付いてきた。


立っているヴォルデ侯爵と座っていたエレーナ。

自然と見上げるような感じになった。


「ヴォルデ侯爵様……?」


手紙の束を思い出す。確か最初に見た手紙だった。でも、侯爵ではなくて嫡男と書かれてあったが……


「そうさ。一応最近爵位を継いで、侯爵をやってる。君に送った求婚の手紙は半年ほど前だから、状況が違うんだ。お初にお目にかかりますエレーナ・ルイス公爵令嬢」


エレーナが尋ねる前に、答えてくれた。

左手を取られ、挨拶代わりのキスを受ける。


「初めまして。アーネスト・ヴォルデ侯爵様」


慌てて立ち上がり、裸足のままだがカーテシーをする。


「エレーナ嬢はどうしてここに? 君は今日の主役じゃないか」


「別に静かなところに行きたかっただけです。それに主役だなんて。今夜の主役はデビュタントの方達ですよ」


結局今日の目的はどちらも達成出来なかった。舞踏会もそろそろ終盤に差し掛かってる頃だろう。 終わりの直前にエントランスに姿を現して家族と一緒に帰宅すればいい。

それまでは──もう少しだけここに居る。


「なるほど。そういう事か」


今の言葉で何を悟ったのか分からないが、ヴォルデ侯爵は1人で納得していた。


「君は怪我をしているのか」


「え? ああ先日不注意で」


足の水滴によってドレスが濡れないよう、少し上に持ち上げながらカーテシーをしたので傷が見えてしまったのだろう。


包帯は巻きとってポケットの中に入れたままだったので傷が露わになっていた。

加えてここまで靴を履かずに走ってきている。踏んだ小石や小枝、草によって切り傷が増えていてもおかしくはなかった。


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