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王子殿下の慕う人  作者: 夕香里
本編
24/134

24.追いつかない

「……そういうことにしてあげるよ」


「何かおっしゃいました?」


「何も言ってないよ」


嘘だ。絶対ぜーったい口が動いてた。


疑うエレーナに気がついているのかいないのか。多分気がついているが、素知らぬ振りをしているのだ。


「エルドレッドの婚約相手を探すにも、その足ではダメだろう? ほら行くよ」


「え?! あっ……うぇ?! うぅ殿下、下ろしてください」


問答無用でリチャードはエレーナを抱き上げた。俗に言うお姫様抱っこ。まさかこんな、周りを貴族ばかりに囲まれたところでされるなんてエレーナは思ってなかった。


この時点でさえ注目を集めていた二人だ。リチャードの方が優しく抱き上げれば令嬢達からは悲鳴が、子息達からは可憐な花が一輪手折られる失望の声が上がる。


リチャードとエレーナは周りの視線を気にしていなかった。

二人だけの世界だった。

細かくいえばエレーナは最初気にしていたが、意識の向く先を無理やり固定されたのだ。


「そうだなぁ。小さい頃の僕の呼び方で呼んでくれたら下ろしてあげてもいいよ」


他の人には聞こえないくらいの音量でリチャードは囁く。


(小さい頃からの呼び方? 小さい頃の呼び方は…………まさか!?)


ボッと赤くなったエレーナを見てリチャードは笑う。


「えっあのっうぇ?!」


あれはリチャードと発音が出来なくてしてた呼び方だ。本来あんな呼び方をできるはずがない。だからリチャードと発音できるようになった時から止めた呼び方だった。それをまだ覚えていて、ここで出してくるなんて……。


「多分レーナが想像してるので合ってるよ」


「…………リー様」


抱き抱えられたままボソリと呟く。恥ずかしくて顔を覆えば、世界は暗闇に包まれて自分の鼓動の大きな音だけが聞こえる。


「ん? 聞こえないな」


「リー様!」


リチャードの耳に口を近づけて囁く。


「なんか余計なものがついてるよレーナ」


くくくと笑いながらリチャードは文句をつける。

普段の優しさからは想像ができないくらいエレーナをからかってくる。


(なんなの!? こんな殿下見たことないんですが!!!)


「うぅ……意地悪してますね────リー」


「はい、よく出来ました」


最後にほんとに小さな、囁きよりも小さな声で言ったのに、リチャードは聞き取っていた。


(やっぱり全部聞こえていたのね! 聞こえないふりして、三回も言わせるなんて!)


羞恥心で耳まで真っ赤になったエレーナを、満足気にリチャードは見る。


「ほら! 言いました! 言いましたよ! 下ろしてくださいませ!」


「嫌だ」


何も寄せつけない美貌の笑顔できっぱりと。


「な!」


「酷い、なんて言わせないよ。僕が言ったのは下ろしてあげてもいいよ、だ。下ろすとは言ってない」


(へりくつだ! 屁理屈以外の何物でもないわ!)


エレーナの頭はパンクしそうだった。


「殿下は花嫁を選ぶのではないのですか? 私を運ぶよりそちらの方が重要では?」


「あの噂は半分ほんとで半分嘘だから。しかもあれ流したの僕だし」


「え?」


気が付いたら会場の外で、人気のない廊下を進んでいく。突き当たりを左に行けば体調不良者が出た場合の控え室が数部屋準備されていた。

一番手前の部屋を開けて、リチャードはエレーナを優しくソファに下ろす。


「花嫁は最初から決まっていた。僕は捕まえた……はずなんだけど」


エレーナの左手を取って、絡めて、強く握る。そして上目遣いに見てくる。

そんなリチャードの表情が、視線が、まるで恋人のように絡められている手が、扉は開いているが二人っきりという状況が、エレーナのキャパをオーバーさせるには充分だった。


正気を保っているのが限界だった。プシューという音が聞こえてきそうなほどエレーナは縮こまる。まともな言葉が出てこなかった。


「ふえっ?! え?」


今見た光景が、されたことが、現実では無い気がしてエレーナは小首を傾げる。


「足をちゃんと見せて」


エレーナの許可を待たずにドレスのスカート部分を少し捲って、右足を明かりの下に晒す。それだけでもうリチャードは顔を顰めた。


華奢な、数日前まで傷一つなかった足は、包帯でぐるぐる巻きにされていた。白い布に隠されていない皮膚はなかった。


治癒士に痛みは無くしてもらったが、傷は自分の自己回復でしか治らない。


「これは……酷い……どうしてこんな状態で舞踏会になんて来たんだ。知っていたら踊らなかったのに」


白い布を解けば細かい傷と赤い瘡蓋。足の裏は破片を踏んで大きく抉れた皮膚。


「痛みはありませんよ」


目も当てられない、とばかりに絶句しているリチャードを見ると申し訳なくなってくる。エレーナはそんな表情をさせたかったわけじゃない。教えるつもりもなかったし、見つかることも考えてなかった。


「そういう問題じゃない。足に痕が残ったらどうするんだ。なぜ一週間の間にこんな怪我を」


「それは……まあ色々とありまして」


全ての元凶が目の前の人だとは言えない。エレーナは目を空中に逸らす。


どうやっても理由を教えてもらえないと思ってくれたのだろう。リチャードは溜息を吐いて立ち上がる。


「僕は会場に戻らないといけない。また戻ってくるからレーナはここにいるんだよ? 分かったね」


とりあえずエレーナは頷く。しかし、聞き入れるつもりはなかった。

そんなことしてたら目的を達成することは叶わない。


(殿下が居なくなればこっちのものよ。部屋から離れてしまえばバレることも無いわ)


部屋を出ていくリチャードが見えなくなったのを確認して、エレーナは部屋を出ようと扉の外に出たのだが───?


「あのぉ」


エレーナは白いドレスに身を包んだ美少女に呼ばれ、足を止めた。

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