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王子殿下の慕う人  作者: 夕香里
番外編
132/134

16.大切だから(1)

「あーもうっ! 知りません!」

「知らなくていい」

「そうですね。最終的な決定権は全てあなたにあるから、私の話なんて無視しても何も問題ないですね」

「ああ、だから大人しく──」


 わざと音を立てて立ち上がり、頬を膨らませながら目の前の夫を睨みつける。


「聞きません。顔も見たくないので、実家に帰らせていただきます」


 キッパリとリチャードに宣言したエレーナはふんっと鼻を鳴らしてその場を後にした。



◇◇◇



(もう! 今回は絶対に許さないんだから)


 数日後、リチャードが視察で王宮を半日留守にする日。エレーナは彼が居なくなったのを確認するや否や、身の回りの物を大きな鞄につめるよう侍女に指示し、自分は紙に万年筆を走らせていた。


「王太子妃様、ご指示通りに詰め終わりましたが……これからどうされるおつもりですか」

「ええ、実家に帰るの。旦那さまの顔なんて見たくないから」


 書き終わった手紙を重りで飛ばないように固定する。


「貴女達はリー様に聞かれるまで、私のことは言わないでね」


 事態についていけない侍女から鞄を受け取って、廊下に出る。


「王太子妃様いけません! や、やはり、お部屋にお戻りください」


 我に返った侍女のひとりが声をかけるが、エレーナは止まらない。羽織った上着のフードを被る。


(走れたらなぁ撒けるんだけど……)

 

 膨らんだお腹を撫でる。今のエレーナの体は、自分だけのものではないのだ。残念ながら身重の身では転ぶのはできる限り避けないといけない。仕方なく、気持ちばかりの早足になる。


 気が付けば侍女が消えていた。メイリーンかリリアン辺りを呼びに行くつもりなのだろう。


(取り敢えず)


 到着した部屋の扉をノックした。


「どうぞ」

「失礼します」


 重い鞄を携えて入室したエレーナに、窓際で書類を読み込んでいた人物が顔を上げた。


「おや? レーナじゃないか」


 その声にエレーナはにこりと笑って開口一番、要望を口にした。



 ◇◇◇



「────で、いきなり公爵邸に戻ってきたの?」


 呆れて──でも、若干面白そうに口角を上げているエリナに、エレーナは頬をふくらませていた。


「もう我慢の限界だったのよ!」


 エレーナがリチャードと大喧嘩してから今日で四日が経っていた。


 ここまで大きな喧嘩は初めてだった。そもそも、リチャードと喧嘩なんてしたことがない。そのため加減が分からず、まさに売り言葉に買い言葉で「顔も見たくない」と言い放ってしまった。


 しかも、実家に帰ると言ってしまった。とはいえ、流石に「王太子妃」という身分であるエレーナはそう簡単に王宮の外に行くことは出来ない。しかも第一子を妊娠しているとなれば余計周りが許さない。


 エレーナは三日間燻る怒りを心に秘めた。表向きにはもう怒っておらず、「実家に帰る」というのも戯言だと思い込ませた。そうして笑みは絶やさず、周りが油断したところで王宮から出てきたのだ。

 ちなみに、義母であるミュリエルには事前にルイス公爵邸に戻ることを伝えてある。彼女はエレーナの肩を持って二つ返事で了承した。


 王宮の馬車を使えば、直ぐにリチャードに伝わってしまう。というか、多分乗せてもらえない。最終手段として歩いて行くという手もあったが、この身体ではうまく動けないし、歩きすぎもお腹の子に悪い。

 結局、エレーナは自分に甘い父を使うことにした。


 父は「数日間帰省しようと思うので馬車を使っても?」とお願いしたら間髪入れず頷いたので、そのまま帰ってきたのだった。


 リチャードはエレーナの機嫌が治ってないことは知っていたはずだが、三日経って家出するなんて思いつかないだろう。エレーナが居なくなったと知って、一時的でもあたふたしたならいい気味だ。


 押しかけてきたにも関わらず、家族や使用人達はすんなりエレーナを受け入れてくれた。婚姻前に使用していた自室に案内されてぐっすり眠った後、次の日にはギルベルト経由で騒動を知ったエリナが王宮にいるはずのリリアンと共に訪問してきて今に至る。


 彼女はきっとギルベルトとその背後にいるリチャードから様子を見てきてほしいと頼まれたのだ。現に、リリアンが彼女と共に来てエレーナが王宮に帰るまでそばに居ると宣言した。


「レーナは初産なのに加えてお腹の子はこの国のお世継ぎかもしれないのに……どうしてこの大事な時期に喧嘩なんてしたの? 今まで殿下と喧嘩したことなんてないでしょうに」

「…………よ」

「ん?」

「この子の育て方よ」


 エレーナはできる限りお腹の子を自分で育てたかったが、リチャードが反対したのだ。


「私……悪阻で体重が落ちたでしょう?」

「そうね。心配になるくらいやつれていたわ。私も酷い方だったけどレーナの方が辛そうね」


 自分の経験を思い出したのか、エリナは眉間に皺を寄せた。彼女はエレーナが結婚して少しした後、男の子を出産していた。


「それで育てるのは全て乳母に任せろと」

「まあ、そうなるでしょうね」

「私は大丈夫だって言ってるのに……体力が落ちてるから、心配だから、産後に無理をして亡くなる者もいるからって、そう言って取り合ってもらえないの! それに、」


 エレーナにはまだ不満があった。というよりも、今から言う方が不満な事である。


「何かあったら怖いからって、朝から抱っこされて執務室に連れて行かれ、そのままソファで一日を過ごすの。これもうーん、周りに迷惑をかけてる気がして嫌なのだけど、リー様との約束だから良しとして、問題はここからよ。ちょっとクシャミをしただけで体調を崩したと大騒ぎされ、抱き抱えられて自室に戻され、寝台に連れていかれるのよ?! これが毎日! 毎日なの! もう、何も出来ないわ!」


 エリナは笑いを堪えきれなかった。声を上げて笑い出す友人に、エレーナは唇を尖らした。


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