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王子殿下の慕う人  作者: 夕香里
番外編
129/134

15.愛しい宝物(1)

「あ、ははうえー!」


 その声に反応して振り返ると、まだおぼつかない足取りでこちらに駆けてくる小さな姿があった。


「あらあら乳母はどこに行ったの?」


 満面の笑みで抱きついてきた我が子を優しく抱き上げ、柔らかな頬にチュッと口付けした。くすぐったそうに目を細めたキースはエレーナにキスを返す。


「くるよ。ほら」


 見れば、曲がり角から慌てた様子の乳母が現れる。


「申し訳ございません。少し目を離した隙に王妃様を探しに出られたようで……」


 ようやくキースに追いついた乳母は肩で息をしながら弁明する。


「キース、乳母の話はほんとう?」

「うっ、ほ、ほんとう……です」


 視線を逸らしながらもキースは答える。


「困らせてはいけないといつも教えているでしょう」


 無理やり視線を合わせ、眉間に皺を寄せて叱れば我が子は瞳に涙をためる。


「だっ、だってぇ。侍女たちが……ははうえが今、廊下にいるって。休憩だからお菓子をさしいれましょうって」


 キースは説明しながらぽろぽろと涙をこぼす。エレーナはそれをハンカチで拭った。


「だからって勝手に部屋から出てはダメよ」

「でもぉ、ははうえ、最近おいそがしくて……見かけても急いでて、きゅうけいなら、お邪魔じゃないって……うぅ」


 段々と涙声に変わり始める。


「しつむ、だけじゃなくて、ぼく、のこともかまってぇ」


 そこで堰を切ったようにびぇぇっとキースは声を上げて泣き始めた。


「リリアン」


 呼べば、後ろに控えていたリリアンはエレーナの言いたいことを汲み取り、即答する。


「──二日です。お眠りになっている時を外したら三日日です」

「そんなに?」

「はい」


 絶句するエレーナに対して、リリアンが畳み掛ける。


「申し上げにくいのですが……陛下もここのところお忙しいようですので、キース殿下がお二人に会った最後は……」


 もうすぐ四歳になる我が子はまだまだ甘えたい盛り。普段だってエレーナが気が付かないだけで沢山の我慢を強いているはずなのに。


(…………なんてことをしているのかしら! 母親失格だわ)


 ここのところ忙しくて中々息子と過ごせず、せめてもと我が子の寝顔を見に行くことはしていたが、キースからしてみれば三日会ってない。酷い親だ。


 己の失態に心が沈んでいく。何よりも、可愛い我が子を悲しませてしまったことに後悔が募る。


(これは私の過ちね。寂しいなんて当たり前じゃない。なのに叱ってしまうなんて……)


「ごめんなさい。お母様が悪かったわ」


 泣き止まないキースはぐりぐりとエレーナの肩に顔を擦り付ける。鼻水を啜る音から多分ドレスはびちょびちょだろう。


「お願い、泣き止んで……って言えないわね。私のせいだもの。どうしましょう」


 オロオロとキースを抱えながらエレーナは右往左往する。その間にも幼い王子殿下の泣き声を聞き付けた文官達や侍女が、何事かと集まり始めていた。


「王妃様、取り敢えずキース殿下のお部屋に」


 見かねた乳母が提案する。


「そうね。ここにいては他の者にも迷惑をかけるわ」


 キースをあやしながら部屋に移動し、ソファに腰掛けた。彼はギュッとエレーナの服を握り、離れようとしない。


「メイリーン」

「はい」


 どこからとも無く現れたメイリーンがエレーナの前に立つ。


「ギルベルトかリチャードに火急の案件があるか確認してきて。それと、ないようなら今日の執務は全部明日以降にずらすよう伝えて」

「かしこまりました」


 軽く頭を下げるとメイリーンは部屋を出ていき、入れ替わりでワゴンを引くリリアンが入ってくる。

 それを横目に見ながら、エレーナは顔をあげない息子に声をかける。


「キース」

「…………」

「──キース」

「…………」


 聞こえてはいるはずなのに返答はない。


 お茶を注いだリリアンが極力音を立てずに部屋を出ていき、二人っきりになったのを見計らって、エレーナは再度声をかけることにした。


「私の可愛い坊や、お顔を見せて」

「うっ」


 こういう言い方をすると反応が返ってくることを知っていた。我ながら狡いと思うが、致し方ない。


 渋々上げたキースの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだ。ふるふると唇を震わせ、留めなく涙が伝い落ちている。

 それを指で拭いながら口から出たのは謝罪の言葉だった。


「ごめんね」


 エレーナの謝罪に息子はくしゃりと表情を崩した。


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