14.ふたりが3人になった日(3)
「王妃様! お待ちください」
「無理よ、私のお嫁さんが倒れたのよ!? 一大事なの!」
雪崩込むようにミュリエル付きの侍女達が入ってきた。
「お義母様、どうしてここに? あの、後ほど私がお伺いしようと」
「体調が悪い子に来てもらうなんて出来ないわ。元気が有り余ってる私が行くのが当たり前じゃない」
突然現れたミュリエルにエレーナは驚きを隠せなかった。
「それよりも、身体は大丈夫? 食事中吐いて倒れて大怪我をしたって聞いたの」
どう伝えたらそのような解釈になるのだろうか。話に尾ひれがつきすぎている。遅れてやって来たリリアンの方を見れば、彼女は首を横に振った。つまり、リリアンが言った訳では無いらしい。
「今はなんともありません。少し怠いくらいで」
「怠いの!? た、大変だわ! 早く横になりなさい、ほら」
「お義母様、落ち着いてください。これには理由があって、それを説明するためにお伺いしようとしたのです」
安楽椅子から寝台に連れていこうとするミュリエルを制止する。
「私にすぐ言わないといけないほど大きな病なの? それは大変! 執務は私が全て行うから安静になさい」
(ああ、お義母様暴走してる)
これは早く言わないとミュリエルの思考がどんどん飛んでいき、面倒くさいことになる。
「あのですね、嬉しい報告です。お義母様にも喜んでいただけるかと」
「えっ」
ピタリとミュリエルの動きが止まった。微笑むエレーナを見て口が微かに開く。
「まさか」
「ええ、そのまさかです」
倒れて嬉しい報告と言ったらあれしかない。ミュリエルは経験者としてすぐにエレーナが話す内容を理解した。
そっとお腹に手を置いた彼女を見て、それは確信に変わった。
「侍医の診察を受けたのですが、お腹に赤ちゃんが居ると」
「……懐妊ってことよね」
「はい、約二ヶ月らしいです」
ミュリエルは一瞬、ドッキリを仕掛けられているのかと思ったが、周りの雰囲気からして違うようだ。
「え、え、本当なの? 間違いではなくて?」
「私も実感はないのですが……確かだと」
「これについては私が保証しますよ」
さりげなく侍医が付け加える。
すると目の前のミュリエルは俯きプルプルと震えたかと思うと次の瞬間にはエレーナの両手を握った。
「おめでたいわ! もう執務のことなんて何も考えなくていいわよ。私が全部肩代わりする! レーナちゃんは元気に赤子を産むことだけ考えればいいわ」
「さすがにご負担が大きくなってしまいますし、まだまだ先のことです。私も出来る限り行いますよ」
「いいえ、ダメよ。私がダメならリチャードかリドにやらせればいい。というかやらせるわ。懐妊中わね、とにかく安静にしていた方がいいのよ」
ミュリエルの言葉にエレーナは肩をすくめる。
「ああそれと、先に伝えておくと、性別なんて私もリドも気にしないわ。健康を損なわず、無事に産むことが一番だからね」
「はい」
力強く頷けば、ミュリエルはまた暴走を始める。
「孫……孫っていい響きね。女の子かしら男の子かしら、お祖母様って呼ばれた暁には私嬉しくて死んでしまうかもしれないわ〜」
「お義母様、まだまだ先ですよ」
「そうだけど考えちゃうわ! 貴女をお嫁に貰えただけでも幸せなのに、孫だなんて! うふふほんとうに本っ当に、会えるのが楽しみだわ」
その場で小躍りを始めそうなミュリエルが自分の事のように喜んでくれているので、エレーナも嬉しくなった。
「公務は私に任せてちょうだい。今日の分も肩代わりするからもう休んでね。うふふ私、今なら空も飛べそうだわ」
そう言ってひとしきりはしゃいだミュリエルは部屋を後にしてしまった。ポカンとしていた彼女付きの侍女が慌てて追いかけていく。
「お義母様、いつにも増してテンションが高かったわ」
「おめでたいことですもの。王妃様の反応は当たり前です」
メイリーンが呆気に取られているエレーナの独り言に答える。
「それよりも、口止めなさいませんと王妃様は言いふらしますよ。あの方はそういう御方ですから」
隣にいた侍医がエレーナに言う。彼はミュリエルが王家に嫁いだ時から彼女を診察しているので性格を熟知しているのだ。
「なら、追いかけましょう」
腰をあげようとするとメイリーンに遮られる。
「ダメです。私が行きます」
「どうして? 歩くだけよ?」
ただ歩くだけなのに何故遮られるのだろう。
「体調が悪くなったのは事実です。妊婦は急に血の気を失って倒れることもままあります。ここにいてください」
「大丈夫よ」
「いいえ、これは譲れません」
頑ななメイリーンに根負けし、エレーナは渋々安楽椅子に座り直す。メイリーンはミュリエルを追いかけに一旦部屋を辞した。
「でも、お義母様がそんな下手な真似しないと思うわ……」
立ち上がらせてもらえないエレーナは、不服そうに呟く。
本来、王家の者の懐妊は安定期に入るまで秘匿される。その大きな理由は毒を盛られ、子を流す──母子ともに殺されるのを防ぐためだ。
あんな浮かれっぷりからは想像もつかないだろうが、ミュリエルは仮にも王妃である。彼女だってリチャードを産んでいるのだからそこら辺は理解しているだろう。
それに姑との仲が悪いのであればあれだが、ミュリエルとエレーナの仲はとても良好である。
そんなミュリエルはエレーナにとってとても心強く、大好きなお義母様である。エレーナのことを危険に晒すはずがないと確信していた。
「浮かれていますからね。そこまで考えているとは私は思いません」
どこか遠くを見る目で侍医は言った。
「まあ、何にせよ王太子妃様は大人しい生活をしてください。走らない、激しい運動をしない、しっかり食べて、しっかり寝る。それを守っていただけるなら執務を行っても差し支えありません。ただ、少しでも体調に違和感を感じたらきちんと休むこと」
「分かりました」
「加えて万が一に備えて一人になってはいけません。必ずそばにお付の者をおきますよう」
「それに関しては大丈夫です。とても心配性で過保護な護衛と侍女がいますから」
頭に思い浮かべたのはメイリーンと公爵家から着いてきたリリアンだ。二人とも過保護過ぎるのでは? と思うほどエレーナのことを気遣ってくれる。
「なら安心ですね」
侍医もほほ笑みを浮かべた。
そうして一息ついたエレーナはリリアンが淹れてくれた紅茶を飲みながら、ふつふつと湧いてくる喜びに浸る。
(リー様との子がお腹にいるのね)
考えるだけで愛しさが溢れてしまう。
「どうリー様に伝えようかしら」
可能ならば驚いた顔が見たい。そして一緒に喜んでほしい。
そう思い、エレーナはリチャードが帰ってくる日に向けて計画を立てるのだった。