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王子殿下の慕う人  作者: 夕香里
番外編
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14.ふたりが3人になった日(1)



 それは春うららな心地よい日だった。



「王太子妃様、エレーナ様」

「んっうぅ、待って、また私寝てた?」


 優しく身体を揺すられて微かに瞳を開ける。そこには心配そうにエレーナを覗き込む侍女の姿があった。


「数分の間だけです。ですが…………」


 彼女の視線が下を向く。それに釣られて目線を落とす。


「あっ! ま、まずい書類がっ」


 持っていた万年筆からインクがこぼれ、黒く汚していた。慌ててキャップをして書類を取るが既に遅い。インクに塗りつぶされ読めなくなっている。


 これはもう一度文官達に作ってもらわないといけない。久しぶりの失敗に、書類を両手で持ちながら項垂れてしまう。


 落ち込むエレーナに侍女はそっと声をかけた。


「──差し出がましいですが、一度侍医に診てもらった方がいいかと。王太子妃様は最近眠ってしまうことが多い気がします」


 彼女の言う通り、きちんと夜寝ているのに昼間に猛烈な眠気が自分を襲う。大抵の場合気が付いたら寝ていて、そばにいる人に起こしてもらうことが多かった。


「そうね……時間ができたら診てもらう。あ、この書類、汚してしまったからもう一枚作って欲しいと伝えに行ってくれる?」

「かしこまりました。それと、既に昼食の準備が完了したと給仕の者が」

「まあ! すぐに行くわ。教えてくれてありがとう」


 侍女が出ていくのを見送ってから、エレーナも食堂に移動しようと重い腰を上げた。


(何だか最近身体が重いのよね。太ったかしら? だるさもあるし、本当に一度診てもらった方がいいかも。寒暖差が激しかったから……風邪かしら?)


 考えながら食堂の中に入る。いつもの席に座れば何を言うまでもなく、料理が運ばれてきた。

 どうやら今日の昼食はエレーナの好物であるパスタ料理と野菜を煮たスープらしい。


 だが、中々エレーナの手は進まなかった。


「王太子妃様、お口にあいませんでしょうか」


 スプーンをスープに差し込み、軽く睨みつけているエレーナを見兼ねた給仕係の者が尋ねる。


「ううん。とっても美味しいわ」


 にっこり笑って否定すれば、安堵したように壁に寄る。


 お腹はすいていたが何故だか食べたくない。ひと匙掬って口をつけるが、体は食べるのを拒絶する。

 無理やり喉に流し込むと軽い吐き気がエレーナを襲い、スプーンをそっと置いた。


(…………大変だわ。こんなに美味しそうなのに食べたくないだなんて。本格的に体調が悪いのかも。でも、お料理を残すのは作ってくれた人達に申し訳ない)


 それに周りの者を心配させてしまう。そうなるとエレーナを置いて周りが大騒ぎするのが目に見えていた。


 周りを心配させるか、無理やり全部食べるか。究極の選択に迫られる。


「いただきます」


 結局エレーナは後者を取った。


 意を決してフォークでパスタを丸めて口に含む。塩檸檬で味付けされたパスタはさっぱりしていて今の時期にピッタリだった。

 いつもならこの塩気が大好きなのに、今日はそれが旨みを邪魔しているように感じる。


 うまく飲み込めず、水で胃の中に押し込んだ。パスタとスープを交互に口に運び、どちらも残り半分ほどになったところで限界がくる。


「ご、めんなさい。お腹がいっぱいでこれ以上……食べられなさそう。下げてもらえるかしら?」


 ハンカチを口に押し当てながら言い終える前に席を立つ。たった今、胃の中に収めた昼食がせり上がってくる。

 嘔吐きそうになりながら、御手洗いに駆け込んだ。後ろから侍女達の声が聞こえた気がしたが、それに返答する余裕はなかった。


「う、おえっ……気持ち悪い」


 熱いものが喉まできて、洗面台に全てを吐き出すといくらか気分が良くなる。正面の鏡をみれば、青白い自分が映っていた。


「──王太子妃様、いらっしゃいますか」

「リリアン?」


 何度か嘔吐いた後、聞き慣れた声に顔を上げた。


「はい私です。王太子妃様の気分が悪そうだと呼び出されまして……大丈夫ですか?」


 入ってきたリリアンは洗面台に手を付いてしゃがみこんでいるエレーナに駆け寄り、慣れた手つきで背中をさする。


「ごめんなさい。貴女、他に仕事があったのに」


 この時間はいつも午後のティータイムの支度をしているはずだ。


 今朝なんて「採れたてのブルーベリーをふんだんに使ったパイを焼くので楽しみにしててくださいね」と会話していたのだ。


「私の事よりご自身の身体を心配してください。直ぐに侍医をお呼び致します。まずはお部屋に戻りましょう」

「うん。だけど……歩けそうにないわ」


 頭はクラクラするし、胃の内容物を全て吐き出したはずだがまだムカムカしている。


「ではメイリーンさんを連れてきますね。騎士の方でもいいですけど、後々のことを考えて彼女の方がいいと思うので」


 よろしいですか? と聞かれたので返事をする代わりに小さく頷いた。お手洗いを飛び出したリリアンは数分でメイリーンを連れて戻ってきた。


「倒れられたって何事ですか! すぐに部屋に戻りましょう」

「ええお願い……あっ! まだ目を通してない書類が……」


 今日の分をまだ捌ききっていないことを思い出す。

 だが、メイリーンは眉を寄せた。


「そんなもの他の者に任せてしまえばいいのですよ。主と同じようにギルベルトや文官に押し付けましょう。もっと手を抜くことを覚えてください。ほら、戻りますよ」


 そう言ってメイリーンは軽々とエレーナを抱き抱えた。


「メイリーンもごめんなさい。手間をかけさせてしまったわ」

「気にしないでください。私の本来の仕事は王太子妃であるエレーナ様を守ることですから」


 安心させるようにメイリーンは優しく言った。


「ところでエレーナ様は何故あそこに?」

「昼食を食べたら気持ちが悪くなってしまって……元々体調が悪かったみたい」

「そうですか。体調不良の際は絶対にお知らせくださいと言っていたのに……お説教は後にして取り敢えず診察してもらいましょう」


 スタスタと歩き、自室まで着くと寝台にゆっくり下ろされる。

 部屋の中は少し肌寒い。無意識に肌をさすれば、それに気がついたリリアンが上着を肩にかけてくれる。


 先に連絡が行っていたのだろう。すぐに現れた侍医がエレーナに気づき頭を下げた。

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