07.贈り物事情(3)
「──お客様?」
「あ、すみません」
店員に声をかけられ現実に引き戻される。
「カフリンクスを見せてもらっても?」
「かしこまりました。ご案内いたします」
護衛騎士を連れていたからだろうか。店員はエレーナが身分の高い者だと推測したようで、奥の個室に案内された。
「少々お待ちください」
そう言って商品を見繕うために彼女は一旦消えた。
「コンラッド卿」
隣にいるコンラッドを見上げる。
「コンラッド卿なら何を異性から貰えたら嬉しいですか」
「そうですね……」
うーんと彼は唸る。
「あくまで私の場合、騎士なので剣帯とか……? 剣自体は自分の手に合ったものを使いたいので」
(…………助けにならない)
彼は剣も嗜むが、仕事にしているコンラッドとは違うのだ。
ガッカリした気持ちが外に出ていたのか、コンラッドは慌てて追加で教えてくれる。
「あ、あと! 無難に刺繍の施されたハンカチとか。自分のために心を込めて作られたものは嬉しいです」
「ししゅう……」
(あまり上手くない)
とはいえ、嫁入り道具に刺繍をするのは令嬢の嗜みで今猛特訓している最中。これまでの練習の成果を見せるにはちょうど良い機会かもしれなかった。
(でもリー様は下手でも何でも私のこと褒めてくださるから。当てにならないのよね)
罵倒されるよりは全然いいことだが、客観的に見て下手か上手いかの判別が付かないので困ってしまう。
「うーん何がいいのでしょうか」
エレーナは天井を見上げる。
「差し出がましいですが、リチャード殿下は〝贈り物〟ではなくて、〝エレーナ様から贈られた〟ことに喜びを見出すお方です。何でも喜びになられると思います」
「ふふ、そうなら嬉しいです」
エレーナを安心させるためのコンラッドの言葉が嬉しくて、口元で指を合わせ、目を細める。
(私もリー様から贈られる物なら何でも嬉しいな)
リチャードは律儀に毎年エレーナに誕生日プレゼントを贈る。以前までは自分が贈っていたからそのお返しとしてだと思っていたが、込められた意図はそれだけではなかったのだとエレーナはもう知っていた。
よりいっそう今まで貰ったものが愛おしくて、好きで、大切で。ぬいぐるみなんて最近では毎日エレーナの手で手入れしているくらいだ。
そこでようやく戻ってきた店員が、テーブルの上に色とりどりのカフリンクスを並べた。
シンプルな一色だけのデザインから宝石を埋め込んだものまで十個はあるだろうか。
まさかここまで種類があるなんて思っていなかったエレーナは、ここでも迷ってしまう。
(どれが似合うかしら)
「あの、この中でもどれが人気とかありますか」
「カフリンクスは婚約指輪のお返しに男性に贈る方が多数ですので、相手の方の嗜好に合わせる場合が多く、どれかが飛び抜けて人気だとかはありません」
そこまで言って何か閃いたようだ。
「ただ、既製品ではなく、オーダーメイドを選ぶ方が大半です」
サッと値段や絵柄の例が書かれた表がエレーナの前に出される。
チラリと眺めれば既製品の倍以上ではないか。
(いや、お金はどうでもいいのだけれど。私の頭で良さげな細工を思いつくかしら)
流行に疎くはないが、サリアのように最先端に居る訳ではない。
でも、せっかくなら世界で唯一の特別なものを渡したかった。
これからも誕生日は巡ってくるとはいえ、婚約者になって初めて迎える誕生日はやっぱり特別だから。
「じゃあこれでお願いします」
「かしこまりました」
店員は高価な物が売れて満足げだ。
どのような型がいいのか等、部分ごとの形や素材の例が載っている冊子をエレーナに手渡す。
エレーナは時々コンラッドに意見を求めたり、唸ったりしながらひとつひとつ決めていき、リチャードに贈るカフリンクスをひとつ注文したのだった。
◇◇◇
「リー様、お誕生日おめでとうございます!」
そう言って、エレーナはリチャードの胸の中に飛び込んだ。彼はそのままエレーナを抱き上げ、挨拶代わりのキスを頬に落とした。
「きちんとお休み取ってますか?」
「前よりはとっているよ。レーナは心配症だね」
「あら、リー様の方が心配症ですよ? お互い様ですね」
ふふっと笑って地面に下ろしてもらう。
手を絡め、寄り添いながら室内に入る。ふかふかのソファに腰を下ろし、エレーナは当然のように隣に座ったリチャードの方を向く。
そうして手に提げていたバスケットからリチャードへのプレゼントを取りだした。
真っ白の箱に四方からリボンが巻かれ、てっぺんでリボン結びされている。
「誕生日プレゼントです。気に入ってもらえると嬉しいのですが」
上目遣いでリチャードを見つめる。
「私がレーナから貰うものを気に入らない可能性があると? そんなことあるはずも無い」
からかうようにクスクス笑い、エレーナの頭を撫でる。
「レーナから貰うものは何でも私の宝物だよ。ありがとう」
サラリと言ってのけるから。エレーナは気恥ずかしくなってしまう。
プレゼントを受け取ったリチャードはリボンの端をつまんで解いた。箱を開けると出てきたのは特注品のカフリンクス。
「だ、ダサいとか言わないでくださいね? これでも私の頭を捻って捻って作ったので」
固まってしまったリチャードの反応に不安に駆られ、慌てて保身に走る。
「レーナが考えたデザインなの?」
「そうです」
するとリチャードは破顔した。ぎゅっとエレーナを抱きしめ、彼の匂いが身を包む。
「とても嬉しい」
そう言ってエレーナの頬にキスするのだ。もうそれだけでいっぱいいっぱいになってしまって。心臓が持ちそうになかった。
(うぅ。嬉しいけれど慣れないわ)
ただでさえリチャードは整った顔なのだ。美貌がエレーナのプレゼントで破顔して、本当に嬉しそうに抱きしめてくる。それだけでも心臓が早鐘を打ちすぎているのに、加えてキスが降り注ぐのだ。
心臓が何個あっても足りないだろう。
しばらくしてリチャードはようやくエレーナを腕の中から解放した。
「付けてくれるかな」
「私がですか?」
「うん」
差し出されたカフリンクスが手の中に落ちる。
エレーナはこくりと頷き、シャツの袖口を掴む。とはいえ、女性であるエレーナはカフリンクスをつけたことがなく、四苦八苦しながら十分ほどかけて両袖に取り付けた。
「いいね。毎朝着替えるのが楽しみになりそうだ」
つけられたカフリンクスにそっと触れ、リチャードはまた微笑む。
「言い過ぎですよ……」
「そんなはずはない。レーナが思っているよりももっとずっと、君から貰う物は私にとって最高の贈り物なんだ」
そう言ってエレーナの手を取り、今度は甲に唇が触れた。
「好きだよ世界でいちばん。贈り物、ありがとう」
甘く優しい声で。
だからエレーナもリチャードに抱きついて満面の笑みで伝えるのだ。
「大好きです。お誕生日おめでとうございます」と