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王子殿下の慕う人  作者: 夕香里
番外編
110/134

04.初恋の相手(2)

 とまあ、そんな感じなのだが事実をそのまま伝える訳にもいかない。


 誘拐されそうになり、泣いて抵抗していたところを助けてもらったと脚色する。もはや原型すら留めていない気がする。


「運命の人ですよ!」


 エリナが頬に手を当てながら感想を述べる。


(絶対に違うなぁ)


 そう思うけれど、空気の読めない発言になってしまうので心の中に留めておく。


「お名前は聞かなかったの?」

「残念ながら……」


 悲しそうな様子を装い、眉尻を下げる。


「少年なのにそれほどの剣術ならば騎士団に入団しているんじゃないかしら。そうだとしたら、きっとまた会えるわ。あっ!」


 エレーナが突然音を立てて立ち上がった。


「レーナ? ……あぁそういうこと────っ!?」


 不思議に思ったエリナはエレーナの視線の先を見て、納得して、また驚いた。


 そこにはラフな服装をしたリチャードとギルベルトがいた。


 周りに座っていた客が突如現れた端正な顔立ちの二人を凝視している。


「エリナ迎えに来たよ」


 ギルベルトが人目を気にせず妻を抱きしめた。


「これは……? あなた、お仕事は……今日も遅くなるって」


 エリナが戸惑いの声を上げた。


「私が言ったの。今日は城下でお祭りでしょう? 執務が早く終わるなら、お茶会終わった後に一緒にお祭り見に行きたいですって」


 リチャードに手を握られたエレーナは続ける。


「で、リー様は即答してくれたのだけれど……。主君が遊ぶのに、その部下の方達は仕事って不公平だから私が『全員の仕事が終わったら迎えに来てください。お仕事終わらなさそうならまた今度』って昨日追加したのよ」

「いつもの半分の量終わらせたら帰っていいと提案したら皆、目の色変えて仕事してたよ。現金なもんだ」


 リチャードの視線はギルベルトに注がれ、彼は違う違うと抗議する。


「仕事を早く上がれるのもありますが、殿下が一人だけ先に終わらせて、出勤した全員に『レーナに会いに行けなくなる。早くしろ』って殺気垂れ流して────」

「何か言った?」

「何も言ってませんっ! 殿下の空耳です……」


 ギルベルトはリチャードの笑みの圧力に屈した。


「でも、ギルベルトがここに来るとは思わなかった」

「私はエリナからエレーナと遊びに行くと聞いてたから。早く会いたくて」


 ギルベルトがエレーナの疑問に答えた。


「久しぶりに太陽の高い時間にエリナに会えて嬉しいよ」


 満面の笑みでギルベルトはエリナの頬に口づけをした。彼女は恥じらいながらも嫌がってはいないようだ。


 微笑んで「私も嬉しい」と珍しく素直な感想を告げている。


 エレーナは二人だけの世界を作り始めていたエリナとギルベルトに苦言を呈す。


「ここで睦み合わないで……私以外に人! 人がいるからっ!」


 そんなこと言いつつも傍から見ればエレーナだって同じような状態である。

 隣に座ったリチャードは、彼女の婚約指輪がはめられた手を弄び、掌を優しく撫でている。

 くすぐったそうにエレーナは身を縮ませた。


「…………えーっと今日の茶会は解散ということで」


 エレーナは耳を赤くしながら告げた。


 二人を見送って、残ったのはリチャード、エレーナ、メイリーンの三人になった。


「私はこのまま隠れて護衛致しましょうか?」


 二人も祭りに行くのだろうと提案したが、リチャードは首を横に振った。


「他にも護衛はついている。せっかくだから二人で楽しんでこい」


 金貨の入った袋をメイリーンに渡す。


「……二人?」

「そうだ」


 リチャードは後ろを指した。カランコロンとドアに付けられていたベルが鳴る。


「やあ」


 軽い口調で手を挙げながらやってきたのはアーネストだった。


「アーネスト? 何で?」

「リチャードのお金で飲み食いできると言われて飛んできた」


(これか)


 ジャラジャラ音を立てている小袋の口を開ける。祭りで使い切れないくらいの金貨の量だ。


「別に祭りで使わなくてもいい。用途は好きなようにしてくれ。残っても返さなくていいから」


 主はそう言い残してエレーナと一緒に街の中に消えてしまった。


「さて、どうする」

「どうしましょうかね」


 メイリーンは祭りに慣れていない。遊び慣れてそうなアーネストに全部丸投げしようと思った。


「あなたが行きたいところは?」

「ん~ないなぁ。ぶらぶら歩いてみるか。酒場に行くのはちょっと早い」


 店を出たメイリーンとアーネストは大通りをゆっくり歩く。


 そうしてある角を曲がったところ、前の方に暗い路地裏に引きづりこまれそうになっている子供を見つけた。


(あれはまずい)


 男は人攫いだった。


 涙を流している幼子は、泣き声が漏れないように口を塞がれている。


 アーネストも気がついたようで、眉間に皺を寄せた。


「上から行く」

「はい」


 二人にはその一言で十分だった。


 アーネストが積まれた木箱を土台にして素早く屋根の上に跳躍する。

 対してメイリーンは足音を消して男に近づく。同時に常帯している暗器をスカートの中から取り出した。


 そうしてこちらに近づいてくるメイリーンに気が付き、目を大きく開いた子供にしーっと合図する。


「悪いことしたら捕まるって知らないのですか」

「誰だァ? ひいっ」


 男が振り向いた途端、喉元に突きつけられる刃。

 一歩でも不用意に動けば引き裂かれ、赤い鮮血が辺りに花を描くだろう。


 メイリーンは手加減するつもりもないし、幼子がいなかったら、既に血の海が作られていたはずだ。


「子供を離してください」

「嫌だと言ったら?」

「離してください」

「ああいいぜ、返してやるよほら」


 子供をメイリーンに投げつけ、ズボンに入れていたらしい凶器を取り出す。


 メイリーンは子供を抱き留めるために暗器を手から離して、しっかり抱きしめた。


「もう大丈夫だからね」


 優しく、怯えていた子供に声かける。

 余程怖かったのだろう。子供はブルブル震えながらぎゅうっとメイリーンに自ら抱きついている。


「お嬢さんべっぴんさんじゃないか。ぐへへこれは売り飛ばせば高値がつきそうだ。いやぁ女が一人で助けに来たところで何も変わらないぜぇ。よえーもん」


 下卑た笑いを浮かべ、凶器を振り下ろそうとした。


「──それはこっちのセリフだ。一人で行かせるわけないだろ馬鹿か」

「ぐあッ」


 タイミングを窺っていたアーネストが屋根から飛び降り、思いっきり剣の柄を振り落とした。


「それに、メイリーンはお前と比べ物にならないくらい強い」


 強い衝撃を受けた男はそのまま気絶し、強かに顔面を地面に打ち付けた。



◇◇◇



「いっちょ上がり。さぁて、どこに引き渡そうかなコイツ」


 自分の騎士団でもいいし、街の自衛団でもいいだろう。それにもう一個の団もここには来ている。


「お疲れさま。あの子は親御さんのところに連れていきました」

「それは良かった。で、手に持っているのは?」


 アーネストが縛り上げている間に、子供を親の元に戻したメイリーンは、串刺しのお肉を十数本握っていた。


「精肉店だったらしく、お礼にって。はい」


 右手に握っていた物を全部渡す。


 一本頬張って、アーネストは唐突にポンっと手を叩いた。


「そういえば小さい頃に祭りで人を助けたことがあるんだ」

「……ふーん」

「地面は人が多すぎるから屋根の上移動していたら囲まれてる人がいて」

「…………」


 メイリーンの手が止まる。何か聞き覚えのある内容だ。


「口だけ達者で面白いから観察していたんだが…………大人が襲いかかろうとして、さすがに危ないと思ったから倒してやったんだ」

「──それで?」


 アーネストは思い出して笑う。


「助けてやったのに風船が飛んでいっちゃった!!! って泣きながら怒られた。普通そこは助けてくれてありがとうだろ」


 声真似をするアーネストを見て、天を仰ぎたい衝動に駆られる。


(あぁエレーナ様貴女、フラグ立てましたね)


 メイリーンは深いため息をついて己を指した。

 隠すことも出来たけれど、そうするつもりはなかった。


「それ、私」

「ん? なにが?」

「その、怒った女の子が私だって言ってるの」

「…………だっからあんな生意気だったのか! すっごい今腑に落ちた」


 わざとらしく仰け反っている。何だかそれが腹ただしい。


「ほんっっとに失礼! これでも私一応貴族だし、それにあなたこそ貴族には見えなかったっ!」

「──貴族令嬢だけど違うだろ」


 自分のことは棚に上げて呆れたようにアーネストは言う。


「普通の令嬢は大きい鎌を振り回さない。しかも楽しそうに『やっぱりこの鎌が一番切れ味最高だわ!』とか言って、満面な笑みを浮かべたままスパッと人を斬らないぞ」

「…………否定できないのが辛い」


 メイリーンは顔を覆う。


(いや、でも、まさかこの人があの人だなんて)


 指と指の間からアーネストの顔かたちを観察する。言われてみれば面影があるかもしれない。


「何で髪色変えていたの?」

「あれは親の追跡から逃げるため。外出禁止令出されてたのに破ったら、部下の騎士が俺の事追いかけてきて。お前だって変えてただろ」

「銀髪なんて、赤髪より一発アウトでしょ」

「確かに」


 アーネストは肉を頬張る。


(……だからリチャード殿下と声が似ていたのね)


 舞踏会でエレーナに話したその部分は事実だった。


 従兄弟なら血の繋がりもあるし、声が似ることもあるだろう。なんでこんな身近にいたのに気がつかなかったのか不思議だ。


(この人が…………脚色しまくったけれど、エリナ様から見たら私の運命の人に見えるのか)


 運命の人は置いておいて、メイリーンにとってアーネストは同僚としてはこれ以上ないくらい好ましい。


 数年一緒に行動しているので、少しの仕草で手に取るように分かるのだ。



 何がしたいのか。

 どう動くのか。

 どのように補助に入ればいいのか。



 それは相手も同じである。メイリーンが主に戦っている時は的確な場所で、自分がして欲しいと思った動きをしてくれる。


 ピンチになったら駆け付けてくれて、背中を預けて戦えるのは彼だけだ。

 エレーナと一緒に誘拐された時も、一目散にメイリーンの元に来てくれて、どれほど嬉しかったことか。


 アーネストは普段はおちゃらけた調子だけれど、芯はしっかりしていて、決して人を傷つけることはしない人だ。


 だから一緒に行動するのは大変だと思うけど、楽しいし、安心するし、何より自然体でいられる。


 けれどこれが恋愛感情か? と問われれば疑問が残る。


 例え種が蒔かれ、芽がほんの少し出ていたとしても。


(だからまだ秘密)


 メイリーンは俯いて、湧いてきそうな感情を一時的に蓋をする。


(明日、エレーナ様とエリナ様に話したことを秘密にするようお願いしよう)


 そう決めて、メイリーンは顔を上げた。


 目の前の彼は面白いことを思いついたとばかりににやにやしていた。


「なあ、することもないからリチャードの後を付けよう」

「…………絶対に怒られる」

「平気平気、エレーナ嬢に夢中で気が付かないさ」


(あの殿下のことよ。邪魔者は絶対に気づくわ)


「…………私あなたの三十歩後ろにいますね」


 予期していた通り、案の定アーネストは速攻で見つかった。


 そして翌日、静かにキレているリチャードにボロボロにやられ、傷だらけのアーネストを見て、メイリーンは思いっきり笑ってやったのだった。



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