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王子殿下の慕う人  作者: 夕香里
本編
101/134

101.父の思い

「楽しみだなぁ。娘が出来るのか」


膨大な仕事量を想像し、死にそうな顔をしている側近達とは反対に、陛下の頭はそれで占められていた。恨めしそうに、ギロリと睨みつけられていることに気がついていない。


「…………リドガルドがあそこまで喜ぶと嫁がせたくなくなる」


ルドウィッグも別の意味で陛下を睨みつけ、悪態をついた。


「──リド、扉が開いたままなのは会議は終わったからかしら? あら、リチャードにレーナちゃんじゃない。どうしたの?」


そう言って中に入ってきたのはミュリエルだった。


ああ、王妃様! お助け下さいと縋る勢いだった側近達の思惑は次の瞬間、見事に崩れた。


「──母上、婚約します」


「相手は?」


「レーナです」


間ができる。じっくりリチャードの言ったことを脳内で反芻し、ミュリエルの瞳の輝きが増した。


「やったぁぁぁ!!! 来たきたきたー!! 私の愛でる計画、お蔵入り回避ー!」


人がいるのも忘れてミュリエルはその場で飛び跳ね始め、小躍りする。唖然とする側近達は顔を見合わせた。


「証明書はもう書いた? 捕まえていなくてはダメよ。逃したらそれこそ怒るわよ」


「彼が持ってます」


「そうなのね! あなた、それ頂くわ」


何か言うよりも先に掻っ攫う。そして不備がないか確認した。


「玉璽が押されているなら私でも処理できるの。即行で通してくる! ようやく待望の娘ができるわ!!! ああ、この日をどんなに待ちわびていたか」


そう言い残し、胸に婚約証明書を抱きしめて颯爽と王妃は立ち去った。


「──陛下、今日の議論は終わりにしましょう。私達はもう何も考えたくありません」


酷く疲れきった様子の者が言った。側近達の脳内の容量を超えていたのだ。同調するように賛成の声がまばらにかかる。


「では、解散。今日の議題は明日も議論することにする」


束になっている書類を抱えて出ていく。


最後まで残ったのは陛下、ルドウィッグ、リチャード、そしてエレーナ。


「エレーナ、一緒に帰ろうか。娘を離していただけませんか」


「仕方ないね」


リチャード殿下はエレーナを優しく地面に下ろす。


「私はですね。まあ、娘の婚約が決まって嬉しいですよ。嬉しいのですが……」


「何か問題でも?」


「娘は貴方のせいで今回の件に巻き込まれたのです。それにその前から振り回されています。だから……絶対に娘を幸せにしてくださらないと許さない。泣かせたら嫁いだ後だろうと、離縁させて公爵家の力全部使ってでも、連れて帰りますから」


エレーナを後ろに庇ってルドウィッグは言いきった。


「お、お父様」


「私は本気だからな。王家を敵に回してでも離縁させるから」


いつにも増して言葉に力が篭もっている。まるで未来で絶対にリチャード殿下がエレーナを泣かせると確信しているような。


(婚約式もしてないし、ましてや結婚なんてまだまだ先なのに……)


早とちりしすぎだ。婚約したからといってすぐに結婚はできない。ましてや貴族同士ではなくて、王太子の結婚だ。王妃教育や周りとの兼ね合いもあるので最短でも一年半はかかる。


そうエレーナは思っていたのだが、早くお嫁に来て欲しいミュリエルとリチャードが結託。加えて陛下を巻き込んだ上で王族の権力を行使し、本来ならありえないくらいのスピードで嫁ぐことをこの時はまだ知らなかった。


「──させませんよ。私がレーナを泣かせるなんてありえませんから」


自信たっぷりにリチャード殿下は言いきった。

二人の間に見えない火花が散っている。


「お取り込み中で申し訳ないが、リチャード、ミュリエルをあのままにしてると周りにバラすぞ」


その言葉に三人の視線が陛下に向いた。

確かに婚約をした自分よりも王妃様の方が喜んでいたのでありえる話だ。


「それは困る。では、母上を止めに行かないといけないのでお先に失礼しますね」


そう言ってリチャード殿下は部屋を出ていったので、エレーナもルドウィッグと一緒に公爵邸に帰ることにした。



◇◇◇



「お帰りなさいませ」


「ヴィオレッタは何処にいるかい?」


「談話室にいらっしゃいますが……何かありましたか?」


ルドウィッグは上着をデュークに渡した。


「エレーナの婚約が正式に決まった」


デュークの上着を持つ手が止まる。


「それはめでたい。ヴォルデ侯爵様とですか?」


エレーナがヴォルデ侯爵と婚約するという話は使用人達の中で広まっていた。だが、それはあくまで邸宅内だけのこと。当事者であるエレーナが何も言わないのに加えて、当主のルドウィッグが箝口令を敷いていたので外には漏れることがなかった。


それに使用人達は当初とても不思議だった。エレーナお嬢様はリチャード殿下を慕っていたのに、何故ヴォルデ侯爵と婚約するのか。何かの手違いなのではないかと思ったのだ。


(いよいよか。どうしてエレーナお嬢様は……)


ぼんやりと考えつつ、顔には出さないようにする。


「みんなそう思うよな。だが違う」


神妙な面持ちだったルドウィッグがにやりと笑った。


「──エレーナの婚約相手はリチャード殿下だ」


「ほっほんとですか?! お嬢さま!」


デュークが声を出すよりも先に、隣にいたリリアンが使用人の立場も忘れてエレーナに抱きついた。


「嘘ではないですよね」


エレーナの両頬を手で包んで覗き込んでいる。感極まった様子の彼女は、涙を浮かべ始めた。


「ほんとよ。嘘じゃないの」


エレーナははにかみながら微笑んだ。


「では何故目が腫れているのですか!」


「それは……その、少し手違いがあって」


早とちりして振られると思い、泣いてしまったなんて言えない。


「──泣かされたのか? あいつに?」


「お父様、殿下をあいつ呼ばわりは……」


相当腫れているのだろう。みるみるうちにルドウィッグの顔が険しくなる。というか馬車に一緒に乗ってきたのに今の今まで気が付かなかったのだろうか。


「────やはり婚約を破棄しよう。あいつが可愛い娘を幸せに出来るはずがない」


踵を返してルドウィッグは馬車に引き返す。


「旦那様、お嬢様はこの歳までずっとリチャード殿下を追いかけていたのです。それをぶち壊すのはおやめ下さい」


リリアンが動いた。さりげなく恥ずかしいことを言っている。それを見てデュークも動く。


「旦那様、気持ちを鎮めてください。奥様に知られたら呆れられますよ。馬鹿なことをするなと」


「止めるな。そもそもあいつは行き遅れと呼ばれる歳までエレーナを放置していたんだ。今更腹が立ってきた。婚約するならもっと早くても良かったじゃないか」


「……リリアンさん暇な者を呼んできてください。二人では無理です」


デュークは言い、リリアンは屋敷内に駆けていく。応じた使用人達総出でようやくルドウィッグを止められ、話を聞いたヴィオレッタに夜遅くまで絞られたのだった。

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