第63話 発進
アッシュが立ち上がるのに続いてエメルさん、セラさんも立ち上がり、それに遅れてケインも続きました。
「申し訳ありません。もう終わりますので、もう少しだけお待ちいただけませんか?」
ガルドがアッシュに着席を促しましたが、アッシュは止まることなく、リビングから出て行こうと歩き始めます。
先程までうまくいっていたというのに、アッシュにとって私との縁談はそこまで重要な事なのでしょうか?
私が複雑な思いを抱いていると、座ったままにいた私達へと振り返り言ったのです。
「何をしている? お前達もさっさと来い。もうそこまで来ているぞ」
「……来ている? 何がですか?」
訳が分からず私が聞き返すと、アッシュはなぜか少し残念そうな表情で私を見返しました。
「そうか、分からんか。まぁ来れば分かる」
そう言い残して、アッシュはエメルさんを連れて、リビングの外へと出て行きます。
状況は掴めませんが、とにかく私達は全員でアッシュの後を追いかけました。
「あの、何をするのですか?」
「なに、ちょっとした試験だ」
私が廊下を歩きながら尋ねると、アッシュはそれだけ答え、家の外へと向かいます。
全員が家を出た所で、アッシュは私ではなくエミュラ達に視線を向けました。
「お前らの名は?」
「エミュラです」
「カレンです」
「アイルでーす!」
今更になって突然自己紹介を求められ、エミュラとカレンは少し怪訝な表情で、アイルは元気に名前だけを返すと、アッシュはジロジロとエミュラ達を見つめます。
いよいよ目的が分からなくなってきました。
これから何が始まるというのでしょうか?
アッシュは一通りエミュラを見終えると、視線がアイルに止まり手招きをしながら声をかけます。
「お前が良さそうだ。こっちに来い」
「えっ、私ですか?」
アイルが不思議そうな顔をしながらもアッシュへと近づいていくと、なぜかアッシュも私の傍へと寄ってきました。
私とアッシュの肩が触れ合う程にです。
えっ、ちょ、近いのですけど。
男性とここまで物理的に接近したことがなかった私は少しドキドキしつつも、アッシュの訳の分からない行動を成されるがままです。
「もっとこっちに寄れ」
「え、はい」
アッシュは少し離れた位置で止まってしまったアイルに更に近づく事を要求すると、少し照れた様子を見せながらもアイルは私の反対側でアッシュの肩と触れ合う距離まで近づきました。
傍から見ればアッシュを挟み、肩が触れ合うように3人並んでいるそんな光景です。
え、なんですか? これ? 何が始まるのですか?
私がそんな事を思っていた次の瞬間、なんとアッシュは私とアイルの腰に手を回したのです。
「ちょ、何をするのですか!?」
「きゃー」
突然のアッシュの行動に流石の私も抗議の声を上げましたが、なぜかアイルは楽しそうです。
アイルの所為で一瞬勘違いしそうになりましたが、こんなものは完全にセクハラです。
このような公衆の面前で一人ならまだしも女性2人の腰に手を回すなど、破廉恥極まりない行為です。
ですが、アッシュの奇行はそれに留まる事はありませんでした。
私が抗議の声を上げるのを無視してアッシュは——
「よっと」
——と声を上げたと同時に私達を両脇に抱え込んだのです。
「は? え、ちょっと!」
「きゃーきゃー」
私はジタバタと抵抗しますが、アッシュの腕はびくともしません。
そんな私の声に意を介することなく、アッシュはエメルさんとセラさんへと視線を向けました。
「お前らはそこの2人を連れてこい」
「師匠、僕もいきたいです!」
「まぁかまわんが。じゃあエメルがそこの2人を運んでやれ。セラじゃちょっと厳しいだろ」
「アンタ失礼よ」
エメルさんはアッシュに文句を言いつつも、呆然としていたエミュラとカレンをアッシュのように両脇に抱え込みました。
あの小さな体のどこにそのような力が分かりませんが、エメルさんは涼しそうな顔をしています。
そんなエメルさんに抱え込まれた2人はまるで親猫に咥えられた子猫のようです。
その横ではセラさんがケインに後ろからガバっと抱きついてご満悦の表情をしています。
「あの、何をされているのですか?」
流石のガルドも何が起こっているのか理解が追いつかないのか、アッシュに尋ねました。
「重量オーバーだ。そんなに来たければお前は走ってついてこい」
アッシュはガルドにそう言うと私とアイルを抱え上げたままふわりと宙に舞い上がったかと思うと、北に向かい空を翔け始めたのでした。




