終わりから始まりへ
声が聞こえる。
救いを求める声が。
何処と無く、魂に響く声が。
擬似的に創られたはずの感情が揺さぶられる。
この何も無くなった世界で、微かに……しかし、確かに生命の息吹を感じる声が聞こえた。
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ある日、空に大穴が空いた。
どこへ続いているのかもわからない、虚空の穴。
その日より、世界の有り様が変わった。
魔物が人々を徒党を組んで襲うようになったのだ。それも、種族を越えて。ゴブリン、オーク、トロールを筆頭に、大物だとワイバーンなどまで、村を、町を、国を襲い始めた。
各国は現在、全軍をあげて退治にあたっている。
アルドア王国王城中庭。
一人の少女がそこで祈りを捧げている。
少女の前には城の高さを越える大樹――精霊樹がそびえている。
精霊樹、遥か昔に精霊の王が地上に植えたとさせる大樹。
少女、アルドア王国王女――シエラ・アルドアは、ただ真摯にその聖なる樹に祈りを捧げていた。
「精霊樹よ、どうかこの災厄をお沈めください」
精霊樹への祈りは精霊の王へと至り、救い呼ぶと言う。
「精霊王よ……」
父であるアルドア王、そして次期王位継承が決まっている兄は、軍を率いて前線へと赴いてしまった。シエラは戦う術を持たず、万が一の為に王家の血筋を守るため、城に残された。
民を救う為、王自ら打って出たのだ。
それが裏目に出た。
空と地中から、城下に直接魔物が入り込んできた。城下に残された兵では対処出来ない。
完全な不意討ち。魔物が考えられる事ではない。
そしてシエラだけが、精霊樹の守護のある一番安全な中庭に放り込まれた。
何も出来ない。
この国の人々が蹂躙される中、自分は祈ることしか出来ない。
飛び出そうともした。しかし、直属の護衛に言われた。
王と王子が戻っていない今、貴女は王族として生き残るのが義務だと。
何も出来ない。する事を赦されない。赦されたのは、民を蔑ろにし、無様に生き残ること。
祈りは嘆きに変わり、慟哭となる。
涙が溢れる。喉が潰れるかと思えるほどに叫ぶ。
悔しい。何も出来ない自分が。
憎い、王女として守られるだけの自分が。
「……たすけて。……たす……けてよ。私はどうなったっていいの!お父様たちのように戦うことはできないけれど、命を賭しても守りたいものがある!!でも出来ないの!!私には出来ない!!この国に生きる人たちを、これ以上苦しめないで!!――誰か、救ってよ……」
光が降りた。
すべてを包むような、優しい緑の光。
精霊樹を見上げる。
「……声が、聞こえた」
騎士だった。
紅い鈍光を放つ漆黒の鎧を纏い、その胸には深緑の輝く宝石。
「救いを求める声が……」
終わりから始まりの時へ。
終焉の化身が今、世界を越え――始まりを迎えた。