badending
惑星が死んだ。
侵略者にすべてを奪われてしまった。
――それは炭素系生物である人類とは異なる、金属で構成された金属生命体。
――それはあらゆる生物を、取り込む。足りないものを補う様に、取り込み、自らの一部とする。
地球上の生物が滅んで――地上ではない、地球上だ――五年。
陸上生物、水性生物、果ては微生物に至るまで、この惑星から淘汰され五年。
侵略者の楽園となった。
なった、のだ。
いる、ではない。
現在、惑星が滅んでから更に二年。
うずたかく積まれた何かの上に、影が一つ。
黒いシルエットには、鈍く光る紅いラインが走り、胸には深緑の輝き。
それは人形をしていた。だが、人ではない。身体の表面が流動する金属で出来ている。
積まれたものは骸。
惑星が滅んでから、殺され続けて来た侵略者の、骸の山。
“彼”の役目は、今、ここに、完了を迎えたのだ。
何の感慨も湧かないまま、“彼”は自信が産まれた日の事を思い出す。
――――――――――
暗い部屋だった。
“彼”はそこでベッドに寝かされ、何か妙な機械に繋がれていた。
気がついたのは、記憶が無いこと。自分が誰なのか、わからない。
混乱する中、光が目に入る。緑色の光。
それは自分の胸にあった。淡い緑色に光る球体。体に、埋め込まれていた。
ぼう、っとそれを見つめる。
暗闇の中、何かが動く音がした。それは一台のモニターだった。
“彼”は、今度はそれを見やる。モニターのブルーライトが目に痛い。
そしてそれは語り出す。滅びの物語と、抗う事に失敗した人類の物語を。
『これを見ていると言うことは、無事、起動したようだな。それが幸か不幸かは、俺の口からは言いかねる』
モニターに映ったのは、白衣を着た初老の男性だった。眉間に皺を結んだ、気難しそうな顔をしている。
『君の記憶が残っているかがわからないので、結論から言おう。世界は……、滅んだ』
滅んだ。それを聞いた瞬間、頭に鈍痛が走る。
「う、うぅ……、ああああぁ――」
思い出せそうで思い出せない。
いや、見えそうで見えない。肉体と記憶がずれている感覚。
『……そして、我々はその金属生命体である……』
モニターの男性は止まらず説明を続けている。こちらの様子が見えていない。これは、取り置いた動画なのだろう。
頭痛が収まり、意識がはっきりとしてきた頃、話は“彼”についてのものになっていた。
『君の胸に収まっている球体。我々はスフィアと呼称していたが、それは、あの隕石と共に落ちてきた物体だった』
胸に手を当ててみる。特に変化は見られない。
『それは高エネルギーを内包し、何故か奴等を寄せ付けない。隕石の調査班はそのスフィアを回収した者だけが生き残った』
“彼”はその話に聞き入る。何故そんなものが自分に埋め込まれているのか。それを知るために。
『我々はスフィアを研究し人類生存の為の切り札とならないか、実験を繰り返した。……結論は、そのままでは使えない。この物質は、人の精神に連動し、エネルギーを発するのだ』
人の精神に連動する物質。精神に、連動……。それを埋め込まれている。人体実験?
『さらに実験を繰り返し、行き着いたのは人に直接接続する事』
やはり、自分は検体なのか。“彼”は息を飲む。
『赦されない事だろう。だが、人類の存亡がかかっていた。俺は実験台を募った。そして、それに賛同し、命をかけてくれる者達が集まった』
覚えていない。自分は賛同した人間だったのか?
『結果、すべて失敗』
意味がわからなかった。では、自分はなんなのだろうか。“彼”は叫びたい衝動に駆られながらも、待った。まだ動画は終わっていない。
『人の肉体ではエネルギーに耐えられなかった。そして、生きている人間の意識もまた、耐えきれずに狂う。……意識を狂気にのまれながら、肉体が崩壊をおこしていくのだ。恐らくスフィアは情報の圧縮体なのだろう。情報が超圧縮された物質。だから精神に作用する。我々は考えた。それでも試行錯誤を続けたのだ。奴等に対抗できる手段が、他には無かったのだから』
モニターの向こうで息をついたのがわかった。話も佳境なのだろう。ここまで来ればもう驚く事は無い。
“彼”も一度息をつくと、もう一度耳を傾けた。
『君は死人だ』
話が飛んだ。死人?自分はこうして生きている。
『人の肉体じゃ耐えられない。生きた人間の精神でも耐えられない。ならば、死んだ人間に奴等の一部を混ぜ、スフィアで調整すれば?スフィアは奴等の侵食を受けない。それは人に接続しても同じ。それを逆手に取り、侵食されるかされないかのギリギリ、肉体を強化出来るレベルに調整する。そして、スフィアは情報体。肉体が活性化されれば、脳はその情報を受け取り、思考を取り戻す。元々思考する精神が無ければ狂うことはない』
それが自分?死から引き戻されたなにか?
『最初に言ったが、君が目覚めたのが幸か不幸かは、俺の口からは言うことは出来ない。君には世界を救う為に蘇ってもらったのに、その世界はもう、滅んでいる。俺も、もう喰われて終わるだろう』
“彼”はわかってしまった。絶望しかないのだ。世界には、もう絶望しかない。
『すまないと思っている。間に合わなかった。……だが、もし、もしも君が奴等と戦ってくれると言うのなら、仇をとってくれ。蹂躙された、この惑星の……仇を……。君の名前は、Ω、この惑星の最後の存在。――この終わった世界を、殺してくれ』
動画はここで終わった。
“彼”、Ωはこうして目覚めた。真に与えられた役目を、始める前から奪われ、自我は己を何者かと確定出来ず、侵略者を処理する為だけの存在として。