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大きな木になった君へ  作者: 虹野暗帯
6/10

婚約


 並んで眠っていた青年と少女、二人が目覚めたあとのことです。


 少女は青年がデザインした指輪を大変気に入りました。


「お兄さん、こういう道でも生きていけるんじゃないかしら」


 なんていうほど、少女は喜んでいました。


「僕はそこまで単純じゃないんだ。残念ながらね」


「そうかしら」少女は微笑みました。「ありだと思うんだけどな」


「スカウトマンに声をかけられたら、そうするよ」


「アクセサリーのスカウトマンなんているの?」


「どうだろう。露店でも開いたら、その道のプロに声をかけられることはあるだろうけど」


「じゃあお店開いてみてよ」


「気が向いたらね」青年は苦笑しました。


 それから、青年は少女の協力を得て指輪を作り始めました。


 問題であった「どこに指輪をはめるか」も、実は解決していました。


 少女の木の幹に一本だけ、まるで指が生えたかのような枝が、少女の指を担うことになったのです。


 位置的にも少女の腕があったところで、もしかしたら少女が意図して生やしたのかもしれません。


 どうであれ、指輪作成を隔てる問題は何一つとしてありません。


 青年は慎重に、慎重に、少女の髪に咲いた花を摘みました。


 花々はとても彩が綺麗です。


 桜のような色の花、紫陽花のような色の花、紅葉のような色の花、水仙のような色の花。


 一色だけでなく、四季を彷彿させる花がたくさん咲いていました。


「宝石みたいで綺麗だね」


「お兄さんは、わたしを喜ばせるのが上手ね」


「本当のことだから、僕としても喜んでくれると嬉しい」


 そんな話を交えながら、青年は着々と指輪づくりの下準備を進めていきます。


 少女の髪も一本拝借して、いよいよ指輪づくりが本格的に始まりました。


 失敗しないよう、青年は集中して挑みます。


 ですが気負い過ぎないよう、肩の力は抜いて、気楽に頑張ります。


 少女の足もとに座って、毛糸のマフラーを編むみたいに、地道に進めます。


 時間が経ち、お昼ごろ、少女がいいました。


「お兄さん。今日の朝、わたし、夢を見たの」


「奇遇だね。僕も夢を見たんだ」


「ほんと? どんな夢だったの?」


 青年は休憩がてら、創作の手を止めて少女に寄りかかりました。


「とても幸せな夢だったよ。全然覚えていないんだけど、幸せだったことは覚えてる」


 春の心地よい日和に日向ぼっこするような、穏やかで温かな幸せでした。


 夢に少女が出てきたことは間違いないだろう、と青年は思います。


 今の僕に幸せが訪れるのだとしたら、そこに少女が関わらないわけがない、と。


「それで、君はどんな夢を見たんだい?」


 青年が問いかけると、少女は瞼を閉じて語り始めました。


「わたしが世界樹になって、たくさんの動物がわたしのそばに寄ってくるの。


 羽ばたき疲れた鳥の羽休めの場所で、走り疲れた犬の昼寝の木陰。


 もちろん人もいて、子供が木登りしに遊びに来るの。


 晴れた日はそよ風で葉を揺らして子守唄を。


 雨の日はみんなの傘の代わりになってあげて。


 雪の日は白粉おしろいしたわたしに、人々がイルミネーションを飾って、夜の世界を照らす。


 誰かの憩いの場になってあげて、話を聞いてあげるの。


 嬉しいこと、楽しいこと、悲しいこと、寂しいこと、つらいこと。


 どんな話でも、じっと耳を傾けて、話し終えるまで聴き続ける。


 そして彼らが話し終えたら、わたしは彼らのすぐそばに果実を落としてあげるの。


 彼らはその果実を食べて、美味しいっていってくれる。


 元気が出たよっていって、彼らは明日も頑張って生きるの。


 そんな、みんなの支えになったわたしの夢だったよ」


 少女は語り終えると、閉じていた瞼をゆっくりと開きました。


 青年の目には、少女が薄っすらと涙を浮かべているように見えました。


 気のせいだろう、と青年は胸にそっとしまいました。


「素敵な夢だね」


「うん」しかし、少女は寂しそうに笑いました。「でも、悲しいんだ」


「それは、どうしてだい?」


 少女の意外な言葉に、青年は驚きました。


「みんなが幸せなのだろう?」


「そうなんだけど、その世界にはお兄さんがいなかったの」


「僕?」


「ええ。お兄さんがいない世界は、ひどく色あせていたの。昔の映画みたいに」


「白黒?」


「そう。映ってる誰もが幸せそうに笑ってるけど、全部灰色だった」


 なんだか世界そのものが嘘みたいだった、と少女は小さな声でいいました。


 青年は、しかしとても嬉しく思いました。


 少女の中で自分がそこまで大きな存在になっていることを、誇りにさえ思えました。


「僕はここにいるよ。でも、いつか僕だって死ぬときがくる」


「それはいやだなあ」


「死ぬときは君のそばで、朽ちるように死ぬことにするよ」


「そうしてくれると嬉しいな。ずっと一緒だね」


「うん。そのまま僕は君の一部になるんだ。そして君は世界樹のように大きくなるんだ」


「なるほどね。そう思うと、寂しくないわ」


 そういって、少女は心から嬉しそうに笑顔を浮かべました。


「さて、そろそろ指輪を再開しようかな」


「頑張って、お兄さん」


 青年は笑顔で返して、指輪づくりに専念しました。




     *




 ひとつの指輪が完成するまで、三日かかりました。


 きっと手先が器用な人なら、一日で終わっていたかもしれません。


 青年もそこまで不器用な人ではありません。


 ですが丹念に、入念に、慎重に作っていました。


 心を込めて作るものに多くの時間をかけるのは、料理の世界でも同じだったのです。


 なので、青年はゆっくりでも魂を込めるように、時間をかけて作成しました。


 少女だけの指輪であれば三日で終わっていたのですが、青年は自分の分も作っていたのです。


 結果、指輪づくりを終えるまでに一週間かかりました。


 出来上がった指輪は、それはそれは美しい、花の指輪に仕上がりました。


 青年は指輪を少女に見せました。


「すごい。とてもきれい」


 と少女は感嘆の息を漏らしました。


「これを、君の指にはめていいかい?」


「ええ。もちろん」


 青年は少女の木の幹から生えた枝に、指輪をはめてあげました。


 大きさはぴったりでした。


「お兄さん、ありがとう。わたし、生まれてきて今が一番幸せだわ」


「それはよかった」


 そして青年は自分の左薬指に、少女と同じ指輪をはめました。


「これで、僕らは結婚したことになるのかな?」


 少女の定義する結婚は、同じ指輪を互いの指にはめることなのです。


「うん。お兄さんと出会った頃にいったことが本当になったね」


「ああ、伴侶だっけ?」


「そう。でも、今思えば夫婦っていうほうが素敵かなあ」


「そっか。なら、僕らは晴れて夫婦になれたわけだ」


 青年がいうと、少女は嬉し恥ずかしそうに、くしゃっと笑いました。

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