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大きな木になった君へ  作者: 虹野暗帯
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夢幻


 時季も梅雨に入りました。


 青年はどちらかというと、梅雨が苦手でした。


 雨が降るとズボンの裾は汚れる上に、傘を差すのも億劫だったのです。


 けれど少女は梅雨が好きといいました。


 しとしとと穏やかに雨が降る中で微睡むのがいいようです。


 それもそのはずです。


 今や少女の体は首から上を除いて、木と同化したからです。


 植物にとって、天からの恵みが心地よくないはずないでしょう。


 少女もその例外ではありません。


「雨が降るとね、体が洗われていく気がするんだ」


 と少女はいいました。


「それはシャワーみたいなもの?」


 と青年は訊きました。


「ううん。もちろんそれもあるんだけれど、なんていうんだろう」


 少女は少しのあいだ考えて、


「心も洗われていく気がするんだ」


 と満面の笑みでいいました。


「洗わずとも、君の心は綺麗だろう」


「そんなことないよ。お兄さんが看護師さんに話しかけらたら嫉妬するもの」


「そうなの?」


「当然だよ。だって、わたしの大好きな人だから」


 そして二人はお互いに、はにかみました。


「ねえねえ、お兄さん」


「なんだい?」


「わたし、結婚したいな」


「そうだね。僕も君としたいよ」


「嬉しいこといってくれるなあ」


「君のいう結婚って、具体的には?」


 少女は唸って、想像してみました。


「指輪、かな」


「婚約指輪?」


「そう、それ」


 困った、と青年は思いました。


 現在進行形で失業中の青年に婚約指輪なんて買うお金、とてもとても。


 昔から給料三カ月分と云われている婚約指輪。


 仮に青年が料理人を続けられていたとしても、難しかったかもしれません。


 料理人はそれだけお金に苦労する職業でもあるのです。


 とはいえ、青年は少女の期待になんとか応えてあげたいです。


「君は、どんな指輪がいいの?」


 百カラットのダイヤモンドの指輪なんていわれたらどうしよう、と青年は思います。


 しかし、


「お兄さんが作った指輪かな」


「僕が?」


「うん。素材とか、値段とか、どうでもいいの。お兄さんの手作りの指輪がいい」


 それなら自分にもなんとかなりそうだ、と青年は安堵します。


 青年にアクセサリーの創作技術は、しかしありません。


 料理のセンスならまだしも、手製の指輪なんて経験もないのです。


 さらに青年の頭を悩ませる種があります。


 そう、少女はすでに「指」を失くしてしまっています。


 指がないのにどうして指輪を渡すというのでしょう。


 とりあえず、青年はデザインだけでも決めることにしました。

 

 ふと思い浮かんだのは、月桂冠のような、編む構造の指輪でした。


 青年は少女に訊ねます。


「どうせ作るのであれば、僕は君の一部を素材に使いたいんだ。構わないかい?」


 少女は逡巡する間もなく、花が開いたように笑って返します。


「もちろん。好きなだけ使って」


 青年はその日、帰宅してから画用紙に指輪をデザインしました。


 描いては消し、描いては消し。


 自分が納得いく以上のものを、と青年は何度も試行錯誤を繰り返しました。


 


     *




 翌日のことです。


 青年は一睡もしないまま、少女のもとへ向かいました。


 目の下には大きな「くま」があり、足もふらふらです。


 それでもついに完成したデザインを、誰よりも先に、他ならぬ少女に見せたかったのです。


 少女の髪から生える色とりどりの花をいくつか、それと大きく育った木の葉を少々。


 青年もお気に入りのデザインに仕上がりました。


 病院について、少女のいる中庭へ向かいます。


 少女の姿が目に入り、ですが青年は「あれ?」と疑問を抱きます。


 珍しいことに、少女が寝ているのです。


 まだ人と呼べる範疇の少女が眠りに就くことは何ら不思議なことではないでしょう。


 しかし青年が記憶する限りでは、いつ会いに来ても少女は起きていたのです。


 それもこれも、やはり病の進行が著しいのが原因なのかもしれません。


「せっかく寝ているところを邪魔するのは、かわいそうだ」


 青年は画用紙をベンチに置いて、少女の木陰に腰をかけました。


 そういえば一緒に眠ることなんて初めてだな、と青年は思います。


 一日の始まりを告げる鳥のさえずりと、温かな日の出に包まれて二人は並んで眠りました。




     *



 

 青年は夢を見ました。


 それは世界中で一番美しく、愛に満ちた夢です。


 具体的なことは覚えていません。


 ですが、これ以上ないほどに幸せな夢でした。


 目覚めたあとも幸福の余韻は続いていました。


 きっと、夢の中でも少女に会っていたんだ。


 青年は幸せ者です。

 

 それだけは、彼自身も確信していました。

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