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大きな木になった君へ  作者: 虹野暗帯
3/10

融合


 少女が中庭に植えられようと、青年は少女を愛し続けました。


 冬を越えて、今は春も間近です。


 少女の病は日が経つにつれて進行速度を増していきました。


 もしかしたら、本当に青年の愛情が栄養となっているのかもしれません。


 だとしても、青年は少女を愛します。


 それ以外、何もできないから。


「あ、お兄さん」


「やあ」


 青年はぽかぽか陽気のある晴れた日、いつものように少女のもとへ来ました。


 今では少女は、十字架に磔にされたかのように、がっしりと成長した木の一部と化していました。


 長かった髪の至るところから蕾が芽生え、胴部も胸元辺りまで木に埋まってしまいました。


 皮膚もほぼ木の表皮に覆われています。


 木から少女の上半身が生えている、と思ってしまう人もいるでしょう。


 しかし紛れもなく、すべてが少女なのです。


 木になりつつも表情が豊かな子なので、朗らかな笑顔を浮かべています。


「お兄さん、身長縮んだ?」


「君が大きくなったんだよ」


 そこそこ背の高い方であった青年より頭一つ分高いところに少女の顔はあります。


「これじゃキスがしにくいね」


「僕が背伸びすればいい」


 そういって、青年はつま先立ちになって少女の唇に唇を重ねました。


「あ」


 と少女が声を漏らしました。


「どうしたの?」


「見て見て、わたしの髪」


 少女の髪から芽生えていた蕾の一つが、ぽんっと花開きました。


 淡い桃色をした花は桜のようで、とても綺麗です。


 どうやら青年の愛情が栄養になっているのは、疑いようもない事実のようです。


「綺麗だね」


「ほんと? 嬉しいな」


「とても綺麗だよ。写真を撮ってもいいかな?」


「もちろん。動画もありだよ」


「じゃあ両方撮ろう」


 そうして青年はまだ会話が可能な少女を写真と動画に収めました。


 永久保存しよう、と青年は心底思いました。




     *




 桜が散った頃のある日のことです。


「ねえ、お兄さん」


 と少女が言います。


「足、どうしたの?」


 今日の青年は、左足を少しびっこを引くようにしていました。


「僕はね、元々足が悪いんだ。料理人だったけど、仕事中にまた足を痛めてしまってね」


「だから、お兄さんは仕事してなかったのね」


「そういうこと」


 やっと現場に立てた青年でしたが、半年くらいして足の限界が来てしまったのです。


 周りにも迷惑がかかってしまうため、やむを得ず、退職したのです。


「座りながらできる仕事を探しているんだけどね。なかなかいいのが見つからないんだ」


「どうして?」


「ずっと料理人を志してきたからね。それ以外はからっきしなんだ」


 そんなわけで、青年は今でも失業中なのです。


「そうだ」


 と少女がなにかを閃いたようです。


「どうしたの?」


 と青年は問いかけます。


「お兄さん。わたしの一部を切り取って、杖に使ってよ」


「君の一部を?」


「ええ。とても有効的な使い方でしょう?」


 杖すら買えない青年にとっては有難い話でしたが、容易に頷けるものでもありません。


 愛する人の身を削ってまで、そんなことするのは気が引けました。


「遠慮しとくよ。君がかわいそうだ」


 と青年は丁重にお断りします。


 ですが、少女は食い下がります。


「お願い。わたしがお兄さんの役に立てるなら、それ以上に嬉しいことなんてないもの」


 そういわれてしまうと、青年はなにもいえません。


 青年は少女の願望なら出来る限り叶えてあげたいと常々考えていたのです。


 だから、お願い、といわれてしまうと悩んでしまいます。


「でも君の一部なんだろう? 痛くはないのかい」


「痛くないよ。だって、ほとんど感覚がないもの」


 悩みに悩んだ末、青年はこう答えます。


「わかった。じゃあ、君が話せなくなってしまったら、そうさせてもらうよ」


「ぜひ、そうして」


「そうすれば、ずっと君といられるからね」


 杖を日常的に使用している人にとって、杖は自身の一部だといいます。


 だとすれば、ようやく二人は一つになれるのです。


 その後も少女は提案し続けます。


 包丁の柄に、まな板に、匙に、箸に、とたくさんの用途を持ち出してきます。


 でもそうしたらきりがありません。


 そんなことを続けてしまったら、少女はいつかなくなってしまいます。


「なんなら、将来お兄さんが家を建てる時の一部に使ってくれてもいいよ」


 青年もさすがに苦笑して、それはお断りしました。


 


     *




 そして、いよいよ「その時」が近づいてきます。 

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