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大きな木になった君へ  作者: 虹野暗帯
2/10

日常

 青年と少女が出会って初めての冬が訪れました。


 青年は相も変わらず毎日少女のもとへ足を運びました。


 ずっとスーツを着ていた青年ですが、さすがに寒くなってコートも羽織るようになりました。


 ですが少女は夏の頃から変わらない、水色の病衣しか着ていません。


「君は寒くないの?」


 病院の中庭のベンチに腰かけて、青年は訊きました。


「なんていうんだろう。寒くはないんだけど、節々が軋む感じがする」


 それもそうです。


 少女の体が木に変わっていくという病は依然進行中なのです。


 前よりも皮膚を覆う木の割合が高くなって、今では少女の四肢も木そのものといって差し支えません。


 木に限らず人にとっても、冬のあいだは乾燥してしまいます。


 なので、少女の関節だった箇所は動くたびにきしきしと音を立てます。


「それよりも、ねえねえ、お兄さん」


「なんだい?」


「あのね、お医者さんがわたしを中庭に植えようっていうの」


 なんとも残虐な行為のように聞こえますが、それも仕方ありません。


 少女の体は胴と頭部を除いて、ほとんどが木と化してしまったからです。


 木を然るべきところに植えるのはおかしな行為でしょうか。


「それは、君にとってどういうことなの?」


「嬉しいこと、かな」


「嬉しいの?」


「うん。だって、わたし、いよいよ木になりつつあるんだもの。人類史上初よ」


「そうなんだ。なら、おめでとうっていえばいいのかな?」


「ええ。褒めて、祝って」


「おめでとう。いよいよだね」


 といったものの、青年は複雑な気分です。


 最初、青年は冗談で少女と恋人関係に至りました。


 ですが時間が経つにつれて本当に少女に恋をしてしまったのです。


 それは喜ばしいことなのですが、恋人が木になるというのは彼からすれば、少し悲しいです。


 少し、というのは少女がそれを受け入れ、むしろ喜んでいるからです。


 なので、本人が喜んでいるのなら、悲しさも半減するのです。


 でも、正直なところ、悲しいものは悲しいのです。 


「君が完全に木になってしまったら、僕はまた独りになってしまうね」


「そんなことないわよ。だって、わたし、木になるだけで、ずっとここにいるもの」


「でも話せなくなってしまう」


「わたしは話せなくなるけれど、お兄さんはたくさんわたしに話しかけてくれればいいの」


「でも君から応答はないんだろう」


「大丈夫。きちんと心の中では返事してるから」


「君の意識はずっとあるのかな」


「あると思う、きっと。だから、話しかけて。じゃないと寂しいな」


「わかった。じゃあ飽きるくらい話しかけてあげよう」


「ありがとう、お兄さん」


 ついでに水をかけてくれると嬉しいかも、と少女はいいました。


 その日の別れ際、青年は少女にキスをしてあげました。


 そうして次の日、青年は病院へ向かいました。


 すると中庭には足だった部分を地面に埋められている少女がいました。




     *



「お兄さん、こんにちは」


「こんにちは」


 青年は少し驚きました。


 中庭に埋めるという話を昨日聞いたばかりだったので、まさか昨日の今日とは思っていませんでした。


「具合はどうだい?」


「なんだかすごく心地いい。それに元気いっぱい」


「それはよかったね。寒くは、ないのか。水はいる?」


「あ、ちょっとだけ足にかけてくれると嬉しい」


「じゃあ少し待ってて」


 そういって、青年は病院の自動販売機を探しに行きました。


 中庭にも自動販売機はあったのに、わざわざ病院の中に行ったのです。


 青年は見つけた自動販売機でミネラルウォーターを買いました。


 ペットボトルを片手に少女のもとへ戻る途中、青年は自分の頬が濡れていることに気がつきました。


 なぜ濡れているのだろうと思って、目元に手を添えると、なんと彼は泣いていたのです。


 どうして泣いているのか、青年は最初こそわかりませんでした。


 でも冷静に考えれば、理由なんてすぐに思い至りました。


 そうです。


 彼は実際に中庭に植えられた少女を見て、悲しかったのです。


 形容しがたい悲しみが、涙として表れ出たのです。


 もしかしたら泣いてしまうと、彼は予感していたのかもしれません。


 だから、わざわざ病院の中の自動販売機まで来たのでしょう。


 涙が止まるまでに、そう時間はかかりませんでした。


 悲しくなくなったからではありません。


 泣いている自分を見たら少女が悲しむと思ったからです。


 なんとかして涙を止めたものの、少女を見たらまた泣いてしまうかも、と彼は思いました。

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