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月と魔法の物語り  作者: Bunjin
七月十二日―――終わりの日
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学校の並木道で


 くるくる。

 くるくる。


 藍が回している。まだ日差しが眩しい学校の並木道を部活帰りに一人で歩いていた。


 くるくる、くるくる。

 くるくる、くるくる。


 新体操のリボンは、たくさんの弧を描いて宙を舞っている。藍は素早く腕を頭上に伸ばして、弧を左右に振ってみせた。友達との付き合いだとか言って入部していたが、それなりに楽しんでいて、もう三ヶ月も経ってしまった。帰り道でもこうして練習がてらに手持ち無沙汰を紛らわせていた。


 並木道に沿って建つ校舎は、使い込まれた木造で複雑な形をしている。中央が小学校で、その三階の教室に、玄がいた。落書きされた机を指先で触って、懐かしそうに大きな窓からの景色を眺めていた。


「ここから私は落ちて死んだのね」


 真白が机に腰掛けて、広く開け放った窓枠を掴んでいる。そこに足を掛ければ、柵も無い窓からは簡単に落ちてしまう。


「七年前の今日だね。その時、私も一緒だったわ」


 玄がその後の二人の人生を思っている。一つは違う人物にならなければ生きていけなくなる人生と、もう一つは異世界で月の魔人に取り憑かれてしまう人生だ。どちらも過酷で二度と経験したくない。


「私たちは、その時から友達になったんだよね」


 翠が皆既月食の夜に、誰もいないこの教室にいたことを思い出した。月食前の月は青白く輝いて、教室の中を照らしていた。その光を浴びていた翠の体が、血の気を失った肌に見えて震えた。


 ―――私たちって、仲間ではないよ。


 その時の真白が言った意味。仲間だという意味。そんなことも分からずに、翠は仲間外れにされていた玄と真白に近付こうとしていた。


 ―――友達になりたい。


 本気でそう思った時、ハルカが翠の中にいたことなんて関係なくなっていた。絶対に二人には死んで欲しくない。翠は本心で願っていたのだった。


 ―――仕方ないな。


 玄の冷たい口調を思い出して、翠は可笑しくて堪らなくなってしまった。今、目の前にいる玄と真白は、もうあの時とは違っている。居ても居なくても良い友達なんかではなく、いつも一緒に居たい友達になった。そう思える気持ちを中学生の事件で得ることが出来たのだ。


 三人で並んで、窓枠に頬杖を突いて夕日を眺めた。あの時の記憶。それがこの教室には確かにあった。何時しか手を繋ぎ合っている。何とも幸せで、不思議な感覚だった。


「そろそろ美術室に行こうか。先生がお呼びの時間だよ」


 名残惜しく教室を後にして、複雑に絡み合う廊下を通って階段を降りた。もうすぐ終わる。今日の皆既月食が終われば、元通りの新しい未来が始まるのだ。


 くるくる、くるくる。

 くるくる、くるくる。


「あら。藍じゃない」


 小学校の向かいの図書館前で、並木道に立ってリボンを回している藍がいた。


 くるくる、くるくる。

 くるくる、くるくる。


 鎧張りの図書館の壁が、綺麗な等間隔の段々模様だ。その三階を藍が凝視している。


「まさか!」


 玄が信じられない物を見て絶叫した。それは絶対に有り得ないことだった。未来は変わった筈なのだ。それなのにそれは起こるというのだろうか。


 鎧張りの壁の一部が霞む。三階のそこに穴が開き、煙のようなものが獲物を狙う猛獣と化していく。それなのに、藍はリボンを回したまま、呆然として立ち尽くしていた。


「藍、逃げなさい」


 翠が叫び声を上げて駆け出した。ハルカが教えてくれた記憶では、あれは真白の幽霊だ。小学五年生で死んだ真白なのだ。


「どうして?」

「分からない。真白は生きているのに」


 玄と翠は、懸命に思い出そうとしている。だが、分らないものは分からない。未来は変わってはいないのか。皆既月食が終わるまでに真白は死んで、幽霊になって戻ってしまうのか。


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