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月と魔法の物語り  作者: Bunjin
七月十二日―――終わりの日
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桜の花びらが舞う中で


「おはよう、玄」


 さらさらの長い髪を春風に靡かせながら挨拶をしてくれる。桜の花びらが舞う中で、その人は笑っていた。


「おはよう、翠」


 挨拶を返すこの人の濃紺色のスカートが風に翻されると、真っ直ぐに伸びた脚の小さな膝小僧が覗いた。


「おはよう、真白」


 いつも穏やかに微笑んでいるあの人だって欠かせない。左目の下に並んでいる五つのホクロが魅惑的だ。


「ねぇ、玄。これ見てよ」


 翠が紙包みを取り出して、天に掲げる様にして差し出した。


「私のもあるわよ」


 真白も高く腕を伸ばして、朝日に輝くそれを眩しそうに見上げた。


「ワォ!」


 玄はこの中身が何なのかを既に知っている。ボディに二本のサイドラインと銀色の手袋をした一号と、一本のサイドラインに赤い手袋の二号だ。仮面ヒーローのぬいぐるみストラップを二人から貰った玄は、大切に学生鞄に結び付けた。


 三人は記憶を大事にしていた。玄の記憶は、ハルカ自身のものだ。翠にある記憶は、ハルカが与えたもの。そして、小学五年生でいなくなった真白の記憶は、二人と共に過ごした新しいものだった。


 高校三年生の玄と翠と真白の三人の親友が屈託なく笑い合う。


 しかし、玄はこの時、どうしょうもない焦りを感じていた。あの日が近付いて来る。七月十二日が迫って来る。それはハルカにとって、使命を果たし終える日だ。


 でも―――


 でも、その日が近付くにつれて、玄の中のハルカの記憶が確実に少なくなっていた。ハルカの記憶が総て過去になって行くのだ。未来から来たハルカは、その翌日には存在しない。玄が一人になってしまう日の恐怖を感じていた。


 真白も同様に、そんな感覚を持っていた。だがそれは、玄とは大いに違っている。月の魔人ヘカテに取り憑かれていた記憶だから、残しておきたくないものだ。そうだから、失くしてしまうことへの抵抗は皆無だった。むしろ、忘れたい。忘れ去ってしまいたい。そんな記憶でしかなかった。


 放課後に三人は美術室に顔を出した。揃って美術部に所属していたのだけれど、優等科の生徒がクラブ活動を行うのは、通常二年生までだった。別段強制されているわけではない。慣例的に生徒たちは毎年そうしてきていただけのことだった。


「姉ぇ。やっぱり入部したよっ」


 やたらに元気のいいショートボブの女の子が、てっぺんに光の輪があるさらさらの髪を揺らしながら登場した。


「藍。もっとお淑やかにしなさいな」


 翠が妹をたしなめた。少しだけぺろりと舌を出して、藍は女の子らしく装う。


「ホントに落ち着きがない子ね」

「いえいえ、姉に似てお上品ですよっ」

「藍ちゃん。美術部に入ったの?」


 玄が、やっぱりねっという顔をした。それなのに、藍は口をポカンと開けて、唖然と言う表情を作っていた。


「玄先輩っ。それだけは、姉に似なかったんですよねっ。私はっ、体操部に入りましたっ」


 ピッと敬礼をして、藍は言い放った。


「体操部? あら、藍ちゃんは絵が好きだと思っていたんだけど」

「てへへへっ、付き合い入部ですょっ。友達がどうしてもって言うものだからっです」


 屈託がない。高校生活を楽しんでいる。玄はそう感じた。


「大切な友達がいるのね」


 真白が言う。その言葉に藍は頷いて笑っていた。少し違って来ている未来の形。あの日が近付くにつれて、そんな感じを持つことが多くなっていた。


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