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月と魔法の物語り  作者: Bunjin
七月十二日―――再会
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幸福な今で


「ハルカは?」


 真白が地面に倒れ込んだまま呟いた。


「私の中には、もういないわ」


 打たれた頬を撫でながら、翠は自分に問い掛けるように応えた。


「はるかって、誰のこと? 私のことじゃないよね」


 玄は事情が分らずに、二人の顔を不思議そうに見比べている。


 ハルカは確実に翠から引き剥がされていた。翠の中にはいないというのだから、何処へ行ったのだろうか。消滅して行ったハジメが、向こうの世界へ連れ去る余裕はなかった筈だ。だったら、ここにいる。絶対にいる筈だった。


 「ハルカ。いい加減にしなさい。あなたは幻の存在ではないのよ。あなたが自分を否定するなら、私はどうなるの? 私は向こうの世界にいたマシロなのよ。でも、この真白は、私を認めてくれたわ」


 マシロはドンと胸を叩いた。自信を持って、自分の存在を肯定していた。


「だから、ハルカのことだって、この玄ちゃんは、きっと認めてくれる筈だよ」


 風が木々の葉を揺らしている。ハルカの不安が墳丘に充満して、まるで木々が泣いているように感じられた。


「勇気を持ちなさい、ハルカ。あなたは立派に今まで闘って来たんだから、居なくても良い存在なんかではないんだよ」


「ハルカさん。何時だって、私はあなたを見て来たんです。ハルカさんがいてくれたから、今の私、つまり今の翠がいると思うんです。私のことをいつも思ってくれていて、有難うございます。真白ちゃんのことだって、玄ちゃんのことだって、ハルカさんはいつも大切にしてきたのを知っています。そんな優しいハルカさんがいなくなるなんて、悲しいです。とても、私は悲しいです」


 翠は地に伏せて泣き崩れている。


「玄ちゃんは、居ても居なくても良いなんて、本気で思っていないよね」


 真白は事態を理解出来ずにいる玄に言った。親友だから、玄の本心が分る。もしかすると玄自身よりも、玄をよく分かっているのかもしれない。


「私は真白ちゃんが傍に居なくても平気だよ。だから、真白ちゃんは自分がしたいことをしても良いんだよ」


「それは嘘だわ。玄ちゃんは母子家庭だってことを気にしているわ。だから、いつも強がっている。自分の心に弱さがあることを隠して、心にもないことを言っているんだよね」


「そんなことないよ。母子家庭なんて、今の世の中では普通のことでしょ。強がる必要なんてないし、私は自分を信じているわ」


「玄ちゃんがいつも居て欲しいのは、私でも翠ちゃんでもないよね。分かっているんだよ。それはね、恥ずかしいことなんかじゃないよ。自分の弱い気持ちだよね。泣きたい時に泣いてくれる、自分の本当の気持ちだよね」


 真白は、そっと玄の肩を抱き締めた。居ても居なくても同じだと思っていた、真白が与えてくれる体温は、玄をとても優しく包み込んでくれた。


「いいの? 私は泣けるの? 泣いていいの?」

「いいよ。その気持ちが、ハルカさんなんだよ」


 真白と玄が、泣いている木々を見た。そこにはハルカがいる。


「居ても居なくても良いなんて、もう嫌よ。私は一緒にいたい。いつも一緒にいたい。ハルカさんと一緒にいたい」


 優しい気持ちが玄の中に飛び込んできた。これがハルカの気持ちなんだなと、玄は幸せな気分になった。いつも一緒にいることの喜びが、こんなにも嬉しいことだっただなんて、玄は初めて知ることが出来た。人には弱さがある。それが実は強さでもあるのだと、玄は思い知らされていた。


「真白ちゃん」


 玄は右手を差し出した。


「翠ちゃん」


 そして、左手を出して、強く二人の手を握り締めた。


「私たちは、ずっと一緒だよ。一緒に居ようね」


 それが玄の本心だった。


「ところで、玄ちゃん」と、真白が言う。


「あなたは誰かに殺されたことになってるけど、どうする?」

「それなら、玄ちゃんの家に行こうよ。あのムカつく刑事たちを驚かせてやりたい」


 翠が受けた嫌悪感をハルカを通して、玄は知った。


「玄ちゃんが生き返ったんだって、ビックリさせてやりたい」

「キシシシ、いいね。私、賛成。やろうよ。気分爽快」


 真白がワザとらしい作り笑顔になって言った。


「私ね、お母さんに抱き締めて欲しい。こんなふうに―――」


 玄が両手を広げて二人にしがみついた。


「きゃーー」

「あははは」

「えへへへへ」


 天真爛漫。天真爛漫。三人の笑い声は、天高く昇って行った。


 細く薄い月だけが、その天上からこの三人を静かに眺めている。月の神、或いは月の魔人・ヘカテ。その真の姿は、一体どちらなのだろうか。本性を晒したハジメが、次に現れるのは何時なのだろうか。不安な未来が、三人を待ち受けている。


 でも今は、一緒に居たい三人に幸福を感じさせてあげよう。今だけは―――


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