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月と魔法の物語り  作者: Bunjin
七月十二日―――再会
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白い部屋で


 ハジメが唇を噛み締めて言い放った。無念さに形相が一変してしまっている。


「どうしたの、ハジメくん? ヘカテに何かされたの?」


 翠が両手を差し出そうとするのを、ハジメは乱暴に払い除けた。


「ヘカテ様に対して、何と無礼なことを言う。人間ごときが、ヘカテ様を呼び捨てにするなど許されないことだ」


 ハジメは両手を合わせて、天を仰いでいる。細い月が青空の中で輝いていた。それはヘカテがいる月だ。


「ヘカテ・・・様? 何を言っているの? ヘカテは月の魔人なのよ」


 バシッ


 いきなり翠は頬に衝撃を受けて倒れた。ハジメの平手打ちを食らったのだと分かるまで、かなり時間が掛かることだった。


「月神様で在らせられるヘカテ様は、我ら魔族の守護者なのだ。人間ごとき下等な存在と、その突然変異たる精霊族などは、無用な者たちだ。世界を我がものの如く分断し、我ら魔族を辺境の地へと押し込める精霊族は、ヘカテ様のお怒りに触れ、このまま消滅してしまえば良いのだ」


 翠は呆然とするしかない。ハジメは冗談を言っていない。その表情は翠に対して怒りに満ちていた。これ以上ヘカテのことを口にすれば、容赦なく殺される。そんな恐怖を感じた。


「駄目だよ、ハルカ。ハジメは本気で言っているわよ」


 疲弊状態の真白が言っている。


「真白ちゃん?」


 翠が見たのは、懸命に弓を取ろうと手を伸ばしている姿だった。


「マシロなの?」


 毎日のように弓道場で道着を着て弓を構えている真白とは違っていた。真白の中にマシロがいる。翠の中にハルカがいるように、真白の中にもいたのだった。


「ハルカ。そろそろお前を元の体に戻してやろう。そして、僕と一緒になって、ゲンに戻るのだ」


 翠の胸倉を、ハジメは乱暴に掴んだ。グイッと引き上げられる掌の中には、翠の肉体から引き剥がされるハルカがいた。


「お前が精霊の力で、僕から剥がされてしまった。精霊の下劣な手口は、ハルカなどと言う存在しない幻を作り出してしまったのだ」


 傍らにいる本物の玄が、静かにハジメの情動を見守っている。剥き出しの欲望は、ゲンに戻る。その衝動だけが強い必要性の心理状態を示していた。


 キリキリキリ・・・


 もはやハジメを止め得るものは無い。この人間の世界で、魔法を使える魔族に立ち向かえる人間はいない。どんな武器も、どんな知恵も、魔法に勝るものなどある筈がなかった。


 ヒュンッ!


 マシロが放つ矢が宙を飛翔する。無力で原始的な武器。力なく威力も無い。やっとの思いで、残された僅かな力で引き絞った弓に込めたもの。そんな思いだけが矢に込められて放たれていたのだった。


 ブゥンーーーッッッッ


 矢が歪みの穴を通って行く。その先は、何もない部屋だ。鏡の壁。ヘカテの砦の最後の防御壁。それしかない白い部屋だった。


 ヅヅヅッッッ―――


「何だ、――― 何をした!」


 ハジメが驚愕の声を上げている。ハルカを掴んでいるハジメの指先から、文字が出現していた。


「マシロ、何をした?」


 ハジメが振り向き、歪みの空間の鏡を見た瞬間、総てを理解した。マシロが放った矢は、鏡に映るハジメを射ていたのだ。


 ハジメの体が文字になっていく。死んだ玄が母の前で消えてしまったのと同じだった。呪文で作られた体は、文字になって消滅して行った。


「これで終わったと思うな。必ず僕は肉体を取り戻しに来る。まだ時間は十分に残されているのだぞ」


 ッッッッッッ・・・


 歪が消えていく。校舎が見渡せる墳頂に、静けさが戻ってくる。そして、大きく息を吐く真白と、ハルカの記憶を知る翠と、本物の肉体を取り戻した玄がいた。


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