爆砕の地で
キリキリキリ・・・
「何で、真白がここにいる?」
二の矢を引き絞る中岡真白の出現に、玄はうろたえた。こちらの世界で、本物の肉体になってしまっている玄には、もはや魔法は使えない。魔法で作られた幻の体であれば、少しは可能だったのだ。そうでなければ、ハジメの力だけで人間のハルカが、《わたし》を取り戻せる筈がない。
ヒュン!
的中の二の矢。真白が放った矢は、玄の額を割り貫いた。
「駄目だよ、真白ちゃん。君の弓道は、人殺しに使うものじゃないだろ」
ハジメが、歪みの穴の中で笑っていた。矢が玄の眉間の前で止まっている。ハジメが差し出した右手の魔力が、矢の速度を奪っていたのだった。
「さぁて、お仕置きをしてあげなくてはね」
停止していた二の矢が押し返される。轟音を発して、真白を紙屑のように弾き飛ばしていた。
ドォン、ドォン・・・
連続する爆発音。ハジメは容赦なく真白を攻撃した。
「ハハハハ、呪力を失くして悔しいか。あちらの世界でお前がやったように、じっくりといたぶりながら殺してやる」
ドォンッ
真白が身を隠した巨木が、木端微塵に粉砕した。その衝撃で真白は弾かれて、背後の太い木の枝に飛ばされた。背丈ほどもあるその場所から、地面に墜落するまでの刹那に、身を捻り衝撃をまともに受けてしまうことを避けていた。
「ヘェエ、受け身をするなんて。ますます楽しませてくれるじゃないか」
ハジメは指先をパチンと弾いた。微かな振動が空間を伝わり増幅される。その力は地面を波立たせて裂け目を作り上げていく。そして、その先には真白が倒れたままでいた。爆砕する裂け目は確実に体ごと飲み込もうとしていた。
ゴンッ
爆砕は地を裂き貫き、墳丘を深く切り裂いていた。ハジメは不敵に笑い続けている。その眼は獲物を狙う猟師―――ではない。単純に殺人を楽しんでいる狂った目をしていた。
「フッ、身軽なものだな」
先程、真白が弾き飛ばされた太い枝にしがみ付いていた。地上にいれば、地面と一緒に確実に引き裂かれていた筈だった。だが、空中では傷一つ負わずに済んだ。ただ、体力が尽きている。もうそこからどうやって降りればいいのかさえも分からない。ぶら下がって足を伸ばすには、腕力が無い。かと言って、このまましがみ付いていられるのも、あと僅かでしかなかった。
「高いところが好きなら、もっと高いところへ飛ばしてやろう」
ハジメが手を上げた。薙ぎ払うように一振り―――
「止めて、ハジメくん」
地面の裂け目の脇から絶叫がした。その時、力尽きた真白が木から落ちた。幸いにも足から落ちて行き、ふわりと着地するという表現があまりにも当てはまるように、見事に真白は生還を果たした。
「止めて、ハジメくん。その真白は、あのマシロじゃないのよ」
絶叫が説得する声に変って、駆け寄って来る。大きく肩で息をしながら、懸命に墳丘を駆け登って来るのは、団地から一目散にやって来た翠だった。以前にハルカとハジメが旅をした時に、精霊のアイが開けたハルカの故郷への道。それがここだったのだ。
「ハジメくん―――」
翠が、手を振り上げているハジメに近付いた。懐かしいハジメは、ハルカがヘカテの砦で別れた時の逞しい顔をしていた。
「ハジメくん。私よ――― 私、ハルカよ」
うまく呼吸が出来なくて、言葉がつかえてしまう。でもそれは、ここまで駆け上がって来て、息が上がっているからだけではない。ハジメとやっと会えた懐かしさと嬉しさと、元のハルカに戻れる安心感、安堵感、安寧、安らぎ。そんなもので一気に胸がいっぱいになったのだ。
「知っているよ。佐藤翠に取り憑いた、存在していてはいけない影法師。それが、お前だ」




