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月と魔法の物語り  作者: Bunjin
七月十二日―――過去と未来と
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連続するあの日で


 翠は夜明け前に悪夢を見て飛び起きてしまった。


 夢の詳しい内容は覚えていないが、深く暗い闇だけの穴に落ち込んだ。どこまでも落ちていく。底の無い大きな穴だ。見えない闇なのに、穴がとても広い気がした。ただただ落ちていく。落ちているのは風圧を感じているから分かる。風を切り裂き、頭から何かに激突した瞬間に目が覚めた。


 目覚めがいい筈がない。翠は不機嫌になりながら、同じ部屋で幸せそうに眠っている藍の頬をくすぐった。可愛い寝顔は、翠とは違って楽しい夢を見ているのだろうか。そんな藍がいてくれて、翠は心を落ち着かせることが出来た。


 今日は一学期の終業式の日。それなのに、ハルカは未だに翠の中にいるままだった。どうして風の精霊のアイは、迎えに来てくれないのだろうか。使命を果たせば、ハルカは元に戻してくれる。そう信じていたのに、何かが果たされてはいないのだろうか。


 夏休みは明日からだ。真白は、いつものように玄と一緒に教室でいる。翠も昼休みや放課後に、お喋りをしに行った。訊き難い内容の眼の下の五つのホクロについての話題にした時、翠は涙を流して悔しがった。もはや後戻りできない出来事と、女の子にとって致命的な顔の傷は取り返しがつかないではないか。原因を作った女子と哀れな末路を与えた男子は、しれっとして素知らぬ顔をしていた。


 やり切れない気持ちに襲われた。悪気が無かったのだと一言でも謝っていてくれていれば、人として許せる気もする。けれども、自分たちがしたことが当然だと考えている感覚が、もはや翠の理解できるものではなくなっていた。


 翠は真白と急接近している。真白の話を一番に聞いてあげているから、一週間で玄よりも仲良くなってしまった。それは、真白が自分を頼ってくれるように働き掛けているからだ。


 翠の使命を果たすのにまだ足りないのは、真白の命がこの先も失われないことなのかもしれない。

 小学五年生の七月十二日に、真白は月の世界に逝った。そして、高校三年生の七月十二日には砦の鏡の中にいた。その七年間を、こちらの世界で真白が生きていてくれれば、あちらの世界に真白がいた事実が無くなる。月の魔人ヘカテが取り憑いていた真白はいなくなる筈だ。


 それが果たされていない使命に間違いない。しかし、七年は長い。翠の人生をそんなにも長く奪ってしまってもいいのだろうか。家族も本当の娘と信じて育ててくれているのに、それを思うとハルカの心は砕けてしまいそうだった。


 だが、ハルカはこんな胸中とは逆に、翠の人生を更に変えてしまわなければならない苦境に陥ってしまう。父の転勤が決定していた。


「そうだった。佐藤は五年生の途中で引っ越して、三年後に戻ってくるんだった」


 夏休みになって、玄や真白と遊んだり勉強をしたりと、翠は忙しく動き回っている最中の呟きだった。


「どうしょう。その間に、ましろちゃんが死んでしまったら」


 玄に頼むしかない。しかし、ハルカはこの当時の自分自身が、こんなにも冷たい女の子だったとは思ってもいなかった。初めて話をした図書館で、真白と一緒にいないでいいのかと訊くと、いてもいなくても気にならないからと返答されてしまった。


 玄にとっての真白は、どうでもいい存在なのだろうか。居ても居なくても良い。どうしてあの時の自分は、そんな思い方をしていたのだろうか。その部分が、どうしても思い出せなかった。こんなことでは頼めないではないか。真白に関心を持っていない玄には託せるものではなかった。


 二学期が始まる頃、引越しの話は具体化した。父が出張したまま帰宅しない日々が増えたのだ。引っ越し先の家や学校を見て回っているらしい。


「翠ちゃん。あなたを悪い子にしても許してくれる?」


 ハルカは翠の人生を決定的に変えようとしている。引っ越しをする未来を変える。ハルカが関わる人々の人生が変わっていく。神でもないのに、未来を知っているハルカが未来を変えていく。しかし、それを躊躇っていては未来を救えない。葛藤するが、後悔はしたくない。それが出来るのは、ハルカ一人しかいないのだから。


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