静かな図書館で
玄は真白を残して窓際で、講堂に集まる中学生を眺めていた。窓硝子におでこを付けて無表情でいる。自分一人の世界に浸っているかのようだった。まだ他には誰もいない図書館の三階は、物音一つしない。古い専門書ばかりで、かびた臭いが漂っていた。
「中岡さんを一階に残しておいていいの?」
翠が静かに声を掛けた。玄は景色を眺める視線を逸らさずに、気配だけで翠の様子を窺っている。
「別に。そんなに仲がいいって言うんじゃないから」
素気ない、怒ったような声だった。
「いつも一緒にいるでしょ。だから気が合ってるんだと思ってた」
「あんまり合ってないと思うけど」
玄は冷たい言い方をした。私はそんな言い方をしていたのだろうかと、ハルカは思った。
「ふぅん。それなのに一緒にいるの?」
翠が玄の横に並んで訊いた。玄は一瞥して、窓に背を向けた。
「いてもいなくても気にならないから」
そう言って、また翠を一瞥した。この意味分かる? そんな視線だった。
「あいちゃんのお姉さんだよね。隣のクラスの佐藤さん」
「うん。あいといつも遊んでくれてありがとう」
「そんなことを言いに来たの?」
玄の視線は、ずっと本棚ばかりに向けられている。顔見知りなだけで、会話をしたこともないのに、話し掛けてきた翠を警戒しているのだろうか。
「実はね。二人の仲間入りしたいなって思って来たの」
また一瞥する。
「駄目。入れてあげない。私とましろは、そんなのじゃないから」
「そんなのって?」
「佐藤さんには関係ない。隣のクラスの人なんだから」
真白がいつの間にか三階に来ていた。会話の内容が分らないけれど、玄の口調が冷たく尖っているので、一気に緊張して窓際まで近付けないでいた。
翠ははっきりと訊こうかどうか迷った。クラスでの二人の立場は辛くはないのかと。それでクラスは違っていても、力になってあげられないかと。
「でも、同じ学年でしょ。放っておけないじゃない」
「仲間外れだから?」
「みんなと仲良くしたほうがいいでしょ」
「みんなって、誰? クラスメイトのみんな? 二人より、そんなにみんなのほうがいいの?」
翠は失敗したと思った。玄は鼻白んでしまっている。別に二人だけでいるのが悪いなんて言っているわけではない。
「さっきも言ったけど、私とましろは、そんなのじゃないから。仲間なんかじゃないから」
何も言い返せなかった。翠は玄に近付くことに失敗した。階段を下りて行く二人を、どうやって救うのか。月はまだ出ていない。しかし、時間は確実に過ぎ去っているのだった。




