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月と魔法の物語り  作者: Bunjin
七月十二日―――始まりの日
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隣のクラスで


 集団登校で藍と手を繋いで学校に着いた。五年生の教室が並ぶ校舎の三階の廊下で、翠はあの二人がやって来るのを待った。隣のクラスの清水玄と中岡真白は、クラスメイト全員から仲間外れにされている。そんなことは、先生たちだけが知らない五年生全員の常識だった。


 二人が登校してくる。真白は相変わらず俯いて歩いている。それなのに、私は、いいえ玄は、真っ直ぐに前を見て、自信あり気に教室にいるクラスメイトたちを見詰めていた。


 私はこの時に何を考えていたのだろうか。ハルカには思い出せない。死んだ真白との記憶はないのだ。ハルカという名前を捨てて、ゲンとして生きていた。そうすることで生かされていた。あの赤い眼鏡が忌まわしい想い出になって蘇ってくるのだった。


 教室に入れないでいる二人は、廊下の窓から空を見上げている。そういえば、雲をよく見ていたなってハルカは思い出していた。下ばかり向いている真白の顔を上に向けさせようと、雲を見ていた。いろいろな形の雲を探して、お気に入りを見付けては絵に描いたりした。色鉛筆や絵の具やクレヨンで、思い思いに書きとって分厚いスケッチブックにした。


 それはゲンになったと同時に抹消された記憶だった筈だ。それなのに思い出した。翠の瞳から涙が流れる。ハルカに代わって泣いてくれている翠は、今ハルカに体を貸してくれている。今日一日だけ。それが終われば―――


 五年生の算数は小数や分数の問題で、高校生のハルカにとって欠伸が出るものばかりだった。翠はそんな授業のノートを綺麗にまとめあげて書き止めている。なるほどと思う。高校生になった佐藤の優等生ぶりが、もう完成していたのだなと感じていた。


 授業間の休み時間には、翠に話し掛けてくれるクラスメイトが結構多い。女子たちは勿論だが、男子も冗談やテレビで視たことを気さくに話し掛けてくる子が多かった。そういえば廊下に立っていた時に、皆が挨拶をしてくれていた。


「おはよう、みどりん」


 男子たちも翠をあだ名で呼んでくれている。そう言うのが恥ずかしいと感じる年頃ではないのか。信じられない気がする。ハルカのクラスでは、女子は完全にグループを作ってしまっている。男子にしても、女子と話をすることなど考えなれなかった。


 何がこんなにも違うのだろうか。まるで異文化に触れたような気分になった。低学年そのままで、男女が仲良く接している。普通は高学年になれば、性別に行動するようになってしまうものではないのだろうか。ハルカにも分からない。小学生を体験してきた高校生だからと言って、何でもかんでも分かる筈もなかった。


 翠は午後の授業が終わって、玄と真白の様子を探りに隣のクラスに行くと、教室に二人の姿がなかった。クラスの子に訊いても、さぁと言うばかりで歯切れが悪い。仏頂面をして、隣のクラスの者が来るなって、内心で念仏を唱えるように繰り返しているのを感じた。


 翠は不快な気分になった。クラス全体の雰囲気が嫌だ。汚らわしい意地悪さが満ちている空気が、教室に充満していた。


 そんな嫌な気掛かりに触れてしまったが、今はそれに構っている暇はない。今日は特別な日なのだ。二人の未来を変えるだけではない。異世界は勿論、この世界のこの学校の生徒たちの未来が掛かっているのだ。全校生徒の殺戮の場面は、二度と現実のものにさせてはならないのだった。


 校舎の前の並木道を挟んで、向かい側にある講堂に中学生たちが集まっている。天体望遠鏡を運んでいる生徒がいるので、今夜の皆既月食の観測会があるのだなと翠は思った。今朝のニュースでも報道されていたが、月が出てから天頂に昇るまでの長時間に渡って観測できるのだった。だから、講堂の屋上を即席の観測場にして、教師たちも交えて中学生たちは楽しもうとしていた。


 そんな時なのに、玄と真白は二人だけで図書館に籠っている。真白は月の図解書を開いて、海と山の名前を調べていた。白いポロシャツに、淡い黄色の半ズボンとスニーカー。背中まである長い髪が、真白の自慢だった。


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