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月と魔法の物語り  作者: Bunjin
七月十二日―――始まりの日
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姉妹の部屋で


 七月十二日―――



 まだ眠い目を擦ると、瞼が腫れぼったかった。もう少し眠っていたかったけれど、お母さんの起こす声が鬱陶しい。朝食が冷めてしまうと、しきりに叫ぶ声が聞こえ続けていた。


 仕方なしに、一階の台所に下りて行って食卓につくと、目玉焼きの皿が置かれていた。


「あれ? もう起きてたの、あい。いつもより早いね」


 佐藤翠は、寝癖のある髪に手櫛を入れながら言った。


「こりゃ、嵐が来るね」


 欠伸で大きく開いた口を手で隠しながら、翠は妹の藍をからかった。いつも父が言う真似をしているのだ。藍はプイっと頬を膨らませて怒っている。そんな大人みたいな言い方をする姉は嫌いだった。でも、そんなことを言っても無駄なので、藍はいつでも黙っている。集団登校で、翠に手を繋いで欲しいから余計なことは言わないことにしていた。


 いつまでも手櫛をしていると、隣の居間でテレビを視ていた祖母が、堪りかねてブラシをしてくれた。朝の時間は忙しいのだ。ゆっくりと食事を摂って、身支度を整えている暇はない。それなのに藍は余裕があるので、居間で横になっている祖父と一緒に仮眠をしようとしていた。牛が二頭転がる姿を、翠は食事をしながら眺めていると、絶対に太るに決まっている将来の二人を想像してしまって、可笑しくて堪らなくなっていた。


 食事を終って、もう一度洗面所に行ってから身支度をしていると、やっと藍が飛び起きて来た。どうして起こしてくれないのって文句を言っていたが、翠は一旦知らん顔をしたあと、急に歯を剥き出しにして笑う顔を作って、わざと藍を追い掛けてからかった。


「急げ、急げ。あい。遅刻するわよ」


 昨日入れた鞄の中身を確かめた翠は、教科書とノートをもう一度きちんと揃えて入れ直す。ランドセルは卒業して、通学用リュックを買って貰ったのは、今年になってからだ。教材が入り切らないって言うのが翠の理由だけど、本当は皆がしているからだった。高学年になると、ランドセルを持つ子は、どんどんといなくなっていた。


 壁の姿見の鏡の前で髪を整え直していると、翠は何だか意識が遠くなっている自分に驚いた。そんなことは初めてだったのだ。めまいとかの経験をしたことが無いので、何が起こっているのか分からずにいた。


「うわぁーーーー」


 突然、両腕を伸ばして鏡に向かって駆け寄りながら叫んでいる翠を見て、藍は驚愕した。鏡の前でひざまずき、必死になってその手を鏡に押し付けていた。鏡が割れてしまいそうに、取り付けられている壁の金具が軋んでいる。


「ハジメくん、助けてっ」


 誰? 藍は異常過ぎる翠に近付くことも出来ない。気が動転してしまって、口をぽかんと開けたまま、呼吸をすることさえ忘れていた。


 翠は自分の顔を両手で覆っている。まるで顔の形を確かめるように、指先で鼻や口元をしきりと触っていた。


「佐藤・・・・?」


 鏡には、小学五年生の翠が映っている。幼い顔付きが、鏡の中で見つめ返していた。


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