表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月と魔法の物語り  作者: Bunjin
七月十二日―――始まりの日
70/101

鏡の部屋で


 砦の最深部は五大精霊たちに守られて、ハルカとハジメを招き入れた。激しい戦闘があったであろう痕跡が、辺り一面に残されていたが、二人が忌みしてしまうのを恐れて綺麗に片付けられていた。


 月の魔人ヘカテの最後の防御壁は、中岡真白である。マシロは鏡のような壁の中で、立ったまま眠っていた。少し俯いて穏やかな寝顔をしている。ハルカは小学五年生の時のマシロを思い返していた。高校生の少し大人になっている顔には、確かにあの時の面影があった。


 そして、眼の下から耳にかけてできている傷は、ホクロが真っ直ぐに五つ並んでいるように見えた。マシロに間違いがない。ハルカの友達のマシロだった。


 ハルカは鏡の壁に手を差し出した。精霊たちはその動作を、固唾を呑んで見守っている。その壁に触れることは出来ない。触れれば、月の呪いを受けて肉体が消滅してしまうのだ。


「ハルカ」


 顔色を変えている精霊たちの表情を察して、ハジメが声を掛けた。


「心配してくれて、ありがとう。でも、大丈夫よ。私もマシロと同じ人間だから」


 ハルカの指先が壁に触れた。鏡が水面のように波立つ。


 ほらね。


 そんなふうに口角を上げて微笑むハルカは、心配しているハジメを見返した。


 じゃあね。行ってくるね。


 ゆっくりと頷いて、ハルカは鏡の壁の中に進んで行った。


 ハジメは一安心して、じっとりと滲み出てしまった額の汗を、手の甲で拭った。あとはマシロを目覚めさせて、壁の中から連れ出してくればいい。それで総てが終わる。月の魔人ヘカテは、戻る肉体を失って消滅する筈だ。


 ハルカがマシロに向けて声を掛けている。鏡の外からでは、ハルカが何を言っているのは聞こえなかったが、起きなさいと何度も言っているのは確かだった。


 マシロはまだ眠っている。穏やかな眠りのまま、その表情に変化はなかった。ハジメを中心にして、鏡の前で精霊たちがハルカの行動を見詰めている。皆既月食の終了は間近なのだ。間に合わなければ意味がない。マシロが目覚めなければ、力尽くで、鏡の外に連れ出せ。総ての精霊たちが気を揉んでいたのである。


 ハルカはいくら呼び掛けても起きないマシロの手を取った。立った姿勢で両腕を体側に下ろしている。その右腕をゆっくりと持ち上げた。


 ハジメは何か嫌な予感がした。鏡の外から見ていても何も変化はない。鏡の中にはハルカとマシロの二人以外には何も存在しない、白一色で虚無の空間だった。それでもハジメは何かを感じ取っていた。ハルカの危機が迫っている。そんな気がしてならなかったのだ。


 マシロの腕を取ったハルカは、次にマシロの頬に触れようと手を伸ばした。しかし、その手は電撃に触れたかのように引き戻された。


「アッ!」


 そう叫んでいたのは、ハジメだった。ハルカが引き戻したのは、伸ばした手だけではない。掴んでいた腕を放し、数歩退いていた。


 脅えるハルカの顔が、ハジメを振り返った。救いを求めるように両腕を突き出し、ハルカは鏡の外へと向けて駆け出したのである。


「ハルカーーーッ」


 ハジメは鏡の中に腕を突き入れようとした。しかし、それは出来ないことだ。周りの精霊たちが慌ててハジメを取り押さえ、無茶な行動を諌めた。


 マシロが眠っている。それなのに、ハルカはそれを恐れて鏡の手前まで逃げて来ていた。何があったのか誰にも分かっていない。鏡の中のハルカだけが異常を感じているのだ。


 そう。マシロの中にヘカテがいる。ハルカはそれを感じて、逃げ出していたのである。


 あと一歩。鏡の中から出るには、ハルカはあと一歩進むだけだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ