奔走する森で
ハジメと共に飛翔する先は、砦へと近付くにつれて不快な雰囲気が薄れつつあった。五大精霊の威厳が、空間を浄化しているのだ。魑魅魍魎どもの気配も、ここまで来れば感じられなくなっていた。
「ハルカ!」
女の声が呼び掛ける。飛翔する二人に合流しょうとしていた。
「佐藤?」
ハルカは高校のクラスメイトの佐藤の登場に驚いた。が、彼女は風の精霊の佐藤翠だと、すぐに気が付いた。既に魑魅魍魎どもと戦って命を落としてしまっている。アイがそう思い込んでしまっていたミドリが生きていた。
「ハルカ、よく来てくれました。私たちはあなたを待っていたのです。砦の奥は開かれている。あなたが行ってくれれば、この戦いはそれで終わりです」
ミドリは、ハルカの到着を喜んでくれた。この世界で初めて出会うミドリは、ハルカの予想通り妹思いの優しいお姉さんだった。たぶんアイが同行していると思っていたので、周囲を探しているのが分った。
「ごめん、佐藤。アイは私たちを先に行かせる為に、敵と戦ってくれているわ」
「いいのです。それがあの子の役目です。気にせずに、先を急いでください」
ミドリが一礼して、ハルカたちを通した後、アイが戦っている空へと向かって行った。その行く手の空間から風の精霊の非常に強い気迫が伝わってくる。ミドリは風の精霊の神社に近付くほどに、アイが強い呪力を発して戦っている状況を感じていた。
「藍、待てて。すぐに助けに行ってあげるからね」
風を斬り裂き超高速度で移動するミドリは、空間を異常なまでに歪みを起こさせて飛んでいる。速過ぎる速度が摩擦熱で空気を燃やしてしまっていた。
!
ミドリは見てしまった。神社があったであろう聖域で、ミドリは見てしまったのだった。
「藍?」
三体の甲冑兵が倒されている境内から少し離れた場所。そこは本殿の裏の山へと続く聖域の森の中だった。
「藍なの?」
右腕が肩から胸に斬り裂かれて、だらりとぶら下がっていた。左脚も太腿が深くえぐり取られて、今にも落ちそうにゆらゆらと揺れている。太古から森を守って来た神木に、腹から大鎌を突き刺されて、その肉体は結い付けられていた。
「本当に―――藍なの?」
高い神木の幹の中央で、腹を串刺しにされて浮いている。その姿はまるでお辞儀をしているかのように、顔を伏せていた。さらさらだった髪が、べったりと頭皮に貼り付いている。
「藍―――なの?」
信じたくはないのだ。実際に目で見ていることを信じたくはないのだ。否、信じられないのだ。有り得ない。この世の中で、こんなことは絶対にあってはならないことだった。
「藍!!!」
アイが死んでしまった。
アイが逝ってしまった。
アイが亡くなってしまった。
アイが・・・
アイが―――
ミドリの悲鳴が森を駆け回る。ミドリの嗚咽が森を奔走する。たった二人きりの姉妹は、ミドリ一人きりになってしまった。




