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月と魔法の物語り  作者: Bunjin
七月十二日―――始まりの日
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河岸段丘で


 山あいの平野を、長い歳月をかけて河川が侵食してきた。河川の蛇行と氾濫を繰り返して、平野は階段状の段丘面と段丘崖を創り出す。人間がまだ種族別に境界を決めて、別々に暮らすよりもずっと以前から、この土地は今と変わらない。


 河岸段丘の崖の上に列車が停まっている駅がある。こちら側は、魔族が住まう土地である。非科学的な超常現象を操る魔力を有する種族が暮らしている。科学的な現象の中で暮らしているのは、人族だ。自然の力を捻じ曲げて使いこなし、自らの欲求のままに種族を無謀なまでに大繁栄させていた。


 そして、その上位で監視をする立場にあるのが、精霊族になる。宇宙を構成している地・水・火・風・空の五つの偉大なる力を使うことができた。




 七月十二日―――


 この日、満月は皆既月食となって、赤銅色の不気味な光を放っている。月の魔人ヘカテが呪力を失う瞬間である。中岡真白の肉体に巣食い、実体化を成していたヘカテは、この無力となる一瞬の間、マシロからの離脱を余儀なくされる。肉体を失った己を防御する砦に閉じ籠り、呪力が回復する皆既食の終わりを待つのである。


 過去七年間、精霊族は皆既月食の度にヘカテに挑み続けた。しかし、砦の奥の最後の防御壁に幾度となく達するが、それを突破することが出来ずに、皆既食の終了という時間切れで苦杯をなめていた。


 月の魔人ヘカテの最大にして最高の防御壁は、マシロの肉体だった。五大精霊たちにとって、ヘカテが離脱しているマシロの肉体は、ただの人間の体に過ぎない。何の造作もなく無にすることも出来た。だが、それを果たしていないのは、ヘカテの罠が潜んでいたからである。


 成す術なく皆既月食の期間が過ぎ去っていく。残された手段に懸ける精霊たちは、未だ心を潰しながら待つしかなかった。


 風の精霊・佐藤藍は、河岸段丘の上空で待ちに待った人物たちに出会っていた。真の姿を取り戻している筈の二人の清水玄である。ハルカが本来の女性として、己に目覚めていてくれることが、ヘカテに巣食われてしまったマシロを救出できるのである。


 赤銅色の月は、今もっとも暗い時期に達していた。皆既食の時間はたったの二十分間だ。その半分がこの時に過ぎ去ってしまっていた。


「良かった。待っていたのです。ハルカさん、あなたを」


 アイの声は涙ぐんでいる。それは、約束通りハルカが来てくれたことへの嬉しさと、もう一つは自分自身への憤懣であった。


 情けない自分は、今はこうしてハルカに頼るしかないでいる。そして、この場所で二人に出会えたのも、姉の風の精霊・翠のお陰だった。無数の魑魅魍魎どもに取り囲まれて、アイはミドリを見捨ててしまったと罪の意識に苛まれていた。自分は何も出来ない。風の精霊でありながら、無力な自分が情けなかった。


 ――死ぬかもしれないね。


 そう言って、ミドリがアイに優しく微笑んだ。その笑顔をアイは忘れることが出来ない。咆哮を上げて魑魅魍魎どもに突撃して行くミドリの安否を、片時も考えないときはなかった。


「ごめんなさい、待たせてしまいました。私なんかの為に、アイにはいつも苦労を掛けてしまいますね」


 ハジメに支えられて空を飛んでいるハルカは、白い半袖のブラウスにえんじ色のリボンを付けている。濃紺色のスカートには前後左右二本ずつのプリーツがあった。ハルカの高校の学生服姿でいたのだ。


 すっかり変わってしまっているとアイは感じた。自分を私と呼べなかったハルカではない。ハジメに甘えて酔っ払っていたハルカでもない。そして勿論、赤い眼鏡を掛けて首を少し傾げて他人を睨むように見ていたハルカでもなかった。


 この人が真のハルカさんなのだと、アイは感じた。感じられた。感じることが出来た。


「行きましょう、ハルカさん。そして、世界を救ってください」


 ハルカとハジメが大きく頷く。その為に二人はここに来たのだ。死を覚悟しなければならない戦場。それがここだった。


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