来ちゃいけなかった岐路で
でも。
でも、出来なかった。
出来たのは、駆け寄って、玄ちゃんの髪をタオルで拭いてあげることくらいだったのだ。
言葉も掛けてあげられない。震える手で、ただただ拭いてあげていた。
すると、目があった。悲しい目をして、玄ちゃんは一歩退いた。
遠慮なんかしないでと、私は思ったのだけど、
それは私の勘違いだった。
「ましろちゃんは、来ちゃいけなかったのに」
「何でよ。はるかちゃんとは友達でしょ」
玄ちゃんは口の端をぎゅっと結んで頷いた。
喜んでくれている。私はそう感じて嬉しくなった。
初めて玄ちゃんと心を通わすことが出来たと思った。
私はこの時、大きな過ちをしていたんだ。
玄ちゃんがどう思っていたのか。
どうして来てはいけないと言ってくれていたのか。
私は考えもしていなかった。
ドンッ!
肩が何かにぶつかった。
ドンッ!
二度目は少し強く。
ドンッ!
三度目には、私は道端の植え込みに強く飛ばされていた。
「チッ、余計なことするなよ」
クラスでも大柄の辛島恒生が、凄んだ声で言った。
それを合図にして、取り囲んでいた男子たちが口々に私に向かって罵声を浴びせて行ってしまった。
「大丈夫、ましろちゃん?」
玄ちゃんが草木に頭から倒れ込んだ私を抱き起こしてくれた。
「平気!」
もちろん私は強がって返事をしただけだった。
本当は全身が震えている。悲しくて怖くて、声をあげて泣き出したかった。
「先生を呼んで来るね」
玄ちゃんは、このことを先生に報告するのだと思った。
でも、そんなことをすれば、きっと仕返しをされる。何倍も、何十倍も。
「待って。駄目。言わないで」
私は慌てて玄ちゃんを制したが、今にも立ち上がって駆け出そうとしている。
「でも、血が出てるよ」
「えっ?」
私は言われていることが分らなかった。倒された時に、どこか怪我をしたのだろうか。
「平気だから」
そう言えば、顔が痛い。
地面に座り込んだまま、手を膝の上に置いた時、硬い物が手に触れた。
「何、これ?」
手の指を力いっぱい広げて、五本の指を直角に曲げたみたいな道具が膝の上にあった。
熊手?
何で、熊手?
顔が痛い。左の眼の下から耳までが、ズキズキと脈打つみたいに痛い。
「やっぱり先生を呼んで来るね。ケガを手当てして貰おうよ」
「駄目!」
私は玄ちゃんに抱き付いて止めた。先生を呼べば、何故こんなことになったのか言わなければいけなくなる。玄ちゃんが仲間外れにされていることや私が男子に突き飛ばされてこうなったこと。
これだけで済むのなら、言わなくていい。言わない方がいい。
ただならぬ様子の私に驚いている玄ちゃんは、少し何かを考えているみたいだった。
「傷、洗ってあげるね」
玄ちゃんは水筒を出して言った。
ハンカチにお茶を掛けながら、傷口の汚れを優しく拭き取ってくれた。
男子たちのやった虐めとは違う。
同じように水筒のお茶を使っているけれど、全然違う。
優しい玄ちゃんの気持ちが伝わってくる気がした。
『真白ちゃん、頑張れ』
私は自分を励ます。
『頑張れ、頑張れ、真白ちゃん』