心が通い合う瞬間で
午後の授業の間、私はずっと窓の外ばかりを見ていた。
図書館との間にある広い並木道に、トラックが停まっていて、幾人かの大人たちが樹木の手入れをしていた。高い所にはしごを掛けて昇ったりして、たいへんな仕事だなぁなんてぼんやりと眺めながら思っていた。
授業を進める先生の声が、虚しく私の耳の中で響いている。
玄ちゃんは成績が優秀だったのに、他人にトップを譲ったと話してくれた。
虐められるのが嫌だから、そうしたんだろうけど、私なら、そんなことをするのもされるのも嫌だ。
教室の廊下側に座っている玄ちゃんを盗み見た。
背筋を伸ばした姿勢が綺麗だった。
真っ直ぐに前を向いて、先生の話に頷き返しながら熱心にノートを取っていた。
そんな玄ちゃんが馬鹿な筈がない。
虐める子がいなくなったこのクラスでは、きっとトップの成績を取り戻すんだろうなと直感した。
母子家庭。
教育されていない子供。
大人からの非人間的な宣告。
私には、そう言われた時の玄ちゃんの本当の気持ちは分からない。
でも、想像は出来る。 ―――
そう思ってしまう私は、きっと傲慢なのだろう。
他人の気持ちなんて、誰にも分らないものだ。
それなのに分かったつもりでいることは、その人を見下しているのではないだろうかと思う。
恩着せがましく無遠慮で図々しい。
そう玄ちゃんに思われてしまうのは耐え難かった。
放課後の帰り道、私たちはグループで帰ることにしている。朋美ちゃんを中心にして、他のグループの誰それが気に入らないとか、あのグループとあのグループがくっつきそうで心配だとか、いつも楽しい話なんてしていなかった。
クラスの勢力図のようなものは、私の頭の中には出来上がっている。
クラスの女の子で一番力を持っているのは、残念ながら朋美ちゃんではないから発言力も弱い。
それなのに、クラス全体を巻き込んで、己の意思通りに動かしたいという支配欲をもっている。
だから、今の朋美ちゃんは苛立ちをずっと精神的に溜め込んでいる筈だ。
イライラしている。そう思う。
私はそんな朋美ちゃんを、別に可哀そうだとか思わずに見ていた。
あまり近付かないように、かと言って離れ過ぎても駄目だ。
少しくらい小言を言われる程度の距離感が大事だった。
「あのね、中岡さん」
玄ちゃんは私が泣いてから、私の背後にいるようになった。
今も、私の後ろを歩いている。
「何、清水さん?」
「ごめんなさい」
「何が?」
「ごめんなさい」
「だから、何が?」
たぶん泣かせたことを謝ってくれているのだろうと、私は感じた。
でも、玄ちゃんは私に差別されたと思っている。
それなのにどうして謝るのだろうか。
争っているのが嫌だから、仕方なく謝っているのだろうか。
そんなことなら、私は謝ってなんか欲しくない。
「私のお母さんはね、他人を観察して、その人をよく見ているの。
その人はどんな人かって見ていれば分かるんだって。
だから、中岡さんを見た時ね、お母さんみたいな視線をしていたから、私はそう言っただけ」
私はあっと思った。
玄ちゃんも私と同じだったんだ。
他人にどういえば、自分を理解してもらえるのか分からない。
分からないから、他人を傷付ける言葉を使ってしまうんだって分かった。
「ねぇ、清水さん。名前で呼んでいい?」
「別にいいけど」
「名前で呼び合うのが、私たちなんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ、はるかちゃん」
「よろしくね、ましろちゃん」
私は自分を励ます。
『真白ちゃん、頑張れ』
『頑張れ、頑張れ、真白ちゃん』