好きな人の腕の中で
ぽぅっ
ぽぅっ、ぽぅっ
灯火が校庭のあちらこちらで灯り始める。ゆっくりゆっくりと数が増していく。広い校庭でばらばらに灯っていた灯火が、やがて繋がって線になる。そして、幾つもの線が重なって、美しい模様になっていった。
校舎の屋根にも灯る。屋根に沿ったたくさんの灯火が、校舎を闇の中から浮き上がらせて見せてくれる。
「万灯篭だよ。亡くなった人の冥福をお祈りする儀式なんだ」
俺のすぐ足元に、コップくらいの大きさの磨りガラスの器があった。その中に蝋燭が立ててある。ハジメが細い木を取り出して、それに火を点けた。
「ハルカも灯してごらん」
そう言って、火を差し出された。
「どうか安らかにおやすみください」
蝋燭に火を灯す。橙色の優しい光が、荒んだ心にも照らしてくれる。学校で命を落とした皆がその灯火の一つ一つに宿っているように感じる。皆がここにいてくれている。そんな気がした。
「下に降りよう。この高校のみんなが、君を待ってくれているんだ」
何故とは訊かなかった。ハジメが頼んでくれたに決まっている。そして、それを快く引き受けてくれた皆の優しさが嬉しかった。
中庭に降りると、ここには灯篭が周囲にしか置かれていなくて、中央には学生たちが集まって何かの作業の場所になっていた。折り畳んだ紙を慎重に広げると、テントのように細い骨組みを組み合わせて立てていく。それを中庭いっぱいと校舎内の廊下にも配置していた。
一体どれだけの数のこれがあるのだろうか。視線を上げると、中庭に面した窓という窓から人の姿があって、これを掲げていた。
「これは?」
ハジメは黙って、皆の中央に導いてくれた。
「最初に上げるのは、ハルカの天灯だよ」
「天灯?」
「うん。空に上げる灯篭さ。みんなの願いを込めて天に上げるんだ。さぁ、ハルカもここにお願い事を書いて」
天灯にはたくさんのお願いや希望が書いてあった。皆の心が込められている。中庭にいる全員が、最後の願い事が書かれるのを待っていた。誰だか知らない女の子の為に。異世界から来た女の子の為に。
――― ■■■■■■■■■■■■
素直な気持ちだった。ハジメがいてくれて、皆がいてくれて、幸福になった。今ここにいることが幸せだと感じた。
「それじゃあ、みんな始めるぞーー」
歓声が中庭全体に響いた。ハジメと一緒に天灯を持ち上げると、高橋がウインクをして現れた。こっちの世界でも野球をしているのかな。相変わらずの坊主頭だった。
「火を点けるよ、ハルカちゃん」
天灯に吊るした燃料が燃えると、暖められた空気が紙の内部に溜まっていく。熱気球の原理だ。中庭全体で火が点され、たくさんの天灯が橙色の柔らかい色を放っていた。
「ハルカ。せえので放すよ」
「うん」
せえの!
一緒に掛け声を上げた。天灯がゆっくりと手を離れていく。高い校舎が四方に聳える中庭を真っ直ぐに昇って行った。それを追い掛けるようにして、皆の天灯も上がって行く。校舎の窓や廊下からも、途切れることなく上がり続ける。中庭の空が橙色に染まっている。皆の願いを込めた天灯が天高く上がって行った。
ハジメが手を握ってくれた。
「泣いてるの、ハルカ?」
「うん。嬉しいの、―― 私」
ハジメが優しい笑顔を作った。私もそうする。笑顔で見つめ合った。
「やっぱりハルカは女の子だね」
「そうだよ、ハジメくん。私は女の子なんだよ」
ハジメが私を抱いて、空を飛んだ。校舎全体に万灯篭が灯されて美しく夜に浮かび上がっている。その中心の中庭の塔からは、たくさんの天灯が風に乗って天へと皆の願いを届けている。
――― 私はハジメくんが好きです
私の願い事が書かれた天灯も、この中の一つになっている。こうして願いが叶うのが嬉しい。ハジメと一緒にいるのが嬉しかった。
私はいつまでもこの光景を眺めていた。目に焼き付けて、決して忘れることが無いように見つめていた。
そして、私は嬉しくて、涙がいつまでも止まらなかったんだ。