夜の高校で
尖った塔が幾つも聳えている。急勾配の黒い瓦葺きの屋根が、闇の森の向こうに月明かりに照らし出されていた。巨大な建物で、西洋の城のように見える。
「ハジメの高校だね。あそこに行くの?」
「うん」
少し寡黙になっているようなハジメが、高校の上空で旋回を繰り返している。大きな校舎と中庭が見える。広い校庭は月明かりが校舎に遮られて、闇に塗り潰されてしまっていた。
「降りるの?」
「うん」
寡黙になっているハジメは、それ以外には何も言ってくれなかった。ゆっくりと羽ばたきながら、塔の上の物見櫓に着地した。
俺は俺ではない気がしていた。何だか少し言葉遣いが優しくなっている感じがする。でも、そんな言い方を自然にしているのは、俺なのだ。
ハジメの翼が腕に戻って、俺の手を取って手摺りを握らせてくれた。ハジメの温かい手に触れた時、闇に包まれた校舎の上にいても俺は安心している自分に驚いている。ハジメと一緒にいれば、そんな気持ちになれるのが不思議だった。
月が少し欠けている。明後日には満月だ。つまり皆既月食が始まる。月の悪鬼・中岡真白と戦うのだ。静かに輝く月は、こちらの世界でも同じだ。綺麗で見惚れてしまう。悪の力を使うなんて信じられない。ルーナやセレーネという神話に登場する月の女神。かぐや姫や月読も思い出す。兎が住んでいるって信じていた頃もあった。そんな月なのに・・・
中学生の時に、歴史の授業で先生が言っていたっけ。戦争は勝った方が正義だって。この世界で、中岡真白とは皆既月食の度に戦いが行われているという。月の力を失った隙を突いて、精霊族が戦って来ている。それなのに今でも戦い続けているということは、精霊族は敗れているのだろうか。 真白が勝って正義があるのならば、俺たちは只の反乱軍だ。
いや、違う。そもそも戦争に正義なんて存在しない。勝った方が、後になって言い張るだけのものだ。単なる言い訳じゃないか。そんなものの為に、大勢の人々を何故殺す。皆が死んでしまって何が残るというのだ。
「ハルカ」
呟いているハジメの声に、俺は何度か気が付かなかったようだった。
「どうかしたのかい?」
「ここへ来るまでに、いろんなことに思いを巡らせていたら――」
「いたら?」
「何でもない」
言えば戦えなくなる。俺もハジメも口にしてはいけないことなのだ。
「あそこを見ていて」
月の光の中で、ハジメが指差す方向を俺は見た。
「何かあるの?」
「そのまま見ていて」
「うん」
闇に塗り潰されている広い校庭の中央に、とても小さな明かりが灯った。ぽうっと闇から浮かび上がってきたみたいにたった一つだけがある。
「誰かいるの?」
俺の問いにハジメは何も言ってくれない。じっとその灯火を見守っていた。俺は何だろうなと考えながら、黙ってハジメに倣った。




