クレパスな街で
高い屋根がこの街の建物の特徴だった。赤い屋根、青い屋根。黄色や紫色、何でもある。それに映える壁の色が隣の家々と異なっていて、まるでクレパスを並べたみたいだ。特に川沿いの景色は、一列に並んでいる家々が見渡せる橋からの眺めが最高だった。
川は幅が広く、ゆったりと流れている。ボートでのんびりと渡っている商人たちの歌声が賑やかに聞こえてくる。
ずっとこれを見ていたい。ずっとこれを聞いていたい。そんな気分になれる街だ。ハジメが俺をそういう街に連れて来てくれていた。
白い岩を積み重ねて建てられた美術館は、とても重厚な造りで歴史を感じさせる建物だ。そこに至るまでの開放的な庭が、誰をも受け入れてくれているようで、ついつい立ち入ってみたいなって感じてしまった。
一歩侵入してみる。ひんやりとした冷気に体中が包まれた。
「涼しい」
夏の蒸し暑さが一気に吹き飛んでいく。冷房をしている? 庭を?
「体感を変化させる魔法だよ。熱い物を冷たく感じさせてくれる」
「本当は暑いってことなのか」
「だから熱中症には、気を付けておかないといけないんだ」
「魔法って、いいことなのか、悪いことなのか――」
俺はハジメの瞳を覗き込んで言ってやる。
「―― どっちなんだろうね?」
ドギマギしているハジメを見ていると、もう一人の俺を見ているのが分る。ハジメにとって、ハルカはもう一人の俺であって、この俺ではない。分かってるよ、そんなこと。でも俺は俺だからさ。冗談で、手を繋いであげようか。余計なお世話かな。
美術館の絵画は、異世界のものだとは思えない作品だった。わざわざ東京にまで観に行った時の感動と同じものを感じた。人間の感覚なんて、どこの世界にも関係がない。まさしく芸術に国境がない。そう誰かが言ってたっけか。
「魔族にも神様っているんだね」
「そりゃそうさ。僕たちも死ねば、神様がいる天国に行くよ」
「地獄は?」
「当然。悪いことをすれば、そこに落ちる」
「精霊は神様なのか?」
「違うよ。精霊って言う種族だね」
「・・・知ってる。訊いてみたかっただけ」
俺の中の記憶は知っていた。何でも知っている。俺が訊きたいことは何でも、記憶が知っていた。だから訊く必要はない。訊く意味がない。
「知っていることを、訊いては駄目か?」
どうして俺は、そんなことを言ったのだろうか。ハジメが驚いた瞳をして、俺の顔を見ている。じっと見られていて、俺は気恥ずかしくて目を逸らした。
「気にしないでくれ。何でもないよ」
「いいに決まってるじゃないか。ハルカはハルカだろ」
優しい言葉だ。だが、俺は違った。どう言えば、ハジメがどう応えてくれるのか知っている。それを分かっていて言う俺は、自らを許せない。
「違うんだ。訊きたいことはそんなことではないんだよね。ごめん。何でもないよ」
俺は自身のことがよく分からなくなっている。何が言いたいのか。何を言っていいのか。
「いいよ。気にすんなって。僕は君なんだからさ」
僕は君なんだから、君のことはよく分かると言ってくれているのだろうか。
何故ハジメはそういうことを恥ずかし気も無く、さらっと言うことが出来るのだろうか。
もう一人の俺に言っているつもりなのだろうか。
俺には無理だ。