瓦礫の神社で
瓦礫だらけの神社の境内は、月の光を受けて蒼白く輝いていました。遥かかなたの砦の轟音が地響きとして伝わってきます。閃光が稲光のように夜空を明滅させると、不気味な形に破壊された本殿が闇の中に浮かび上がるのでした。
「急ぎましょう、藍」
姉の気持ちも同じなのです。皆の思いを背負っている。そう考えているのでしょう。
「魔族の世界への入口は、私が開けるよ」
大鳥居の向こう側は魔族の住む世界で、河岸段丘の崖の上をのんびりと列車が飛んでいました。駅には人影があるけれど、ハルカさんではありません。でも、いつでもすぐにこちらに来てもらう為に、結界の入口を開けておきたかったのです。
くるくる。
くるくる。
私は絵筆の魔法の杖を出して回します。どうか早く来て。そう願いを込めて回します。必ずハルカさんが来てくれる。それは間違いないことだと信じていました。
「待って、藍! まだ入口を開けては駄目よ」
姉の制止の声に驚いて振り返ると、私たちの周囲は魑魅魍魎どもに取り囲まれていたのでした。月の食は止められません。私たちに残された時間はあと僅かでした。
ハルカさん。
ハルカさん。
ハルカさん―――
私は断腸の思いで、魔法の杖を止めました。入口を開けてはいけないのです。ここに魑魅魍魎どもがいる限り開けられないのです。一匹でも魔族の世界に入らせるわけにはいかないからです。
「全部倒すわよ」
姉の決意の声が張り裂けます。
「風の矢」
「風の爪」
「風の真空刃」
「風の雷斬」
「風の竜巻」
次々と呪文を唱え、魑魅魍魎どもを撃退して行くのでした。姉の怒りは凄まじいばかりです。
しかし、際限なく湧き出る魑魅魍魎どもに、このまま戦い続けている余裕はありません。
「藍。気合いを同調させましょう。風の双天龍」
私たちは一体となって天へと駆け昇り、真空斬の竜巻に電撃を纏わせて魑魅魍魎どもに叩き付けたのです。神社のすべてが砕け散ってしまう。私たちが持っている最強の武器は、それほどの威力があるものでした。
でも、この時はそんなことに躊躇ってはいられませんでした。時間が無いのです。月食は半分が欠けてしまっていたのですから。