戦いの荒野で
皆既月食まで、あと二時間です。
姉の翠が魔力から解き放たれて、元の姿に戻ってきました。長い間小鳥になっていたので、手足を伸ばして私を抱き締めてくれます。姉の優しさが伝わります。姉の優しさを感じます。この世界では二人きりの姉妹なのです。人としての肉体を捨てて、精霊になった二人きりの姉妹なのです。
「ハルカは、どんな様子なの?」
姉の問い掛けに、私は首を横に振るしかありません。二人いたハルカさんは、元の一人に戻っていますが、一人のハルカさんは心を閉ざしてしまいました。しかも、残っているもう一人のハルカさんでさえ、とても不安定な精神状態なのです。二人とも心を閉ざしてしまう。私の不注意で招いてしまった事態だから、私が何とかしなければならない。でも、そんなことは無理でした。
「ハジメさんに任せたよ」
そうするしかないではありませんか。そうするしかないのです。私は姉には及ばないから仕方ありません。
「うん。藍は頑張ったよ。一人で精一杯頑張ってくれていたよ」
「翠姉ぇ」
「今夜でけりを付けるには、ハルカが鍵を握っている。だからそれまでに、私たちは出来ることを確実にやり遂げるのよ」
破壊し尽くされた神社の本殿は、姉が捕らわれた時よりも酷い状態になっています。丸く削り取られていた建物も、もはや瓦礫しかありません。その場所から上空を見上げれば、遥か遠くに邪悪な気配が渦巻いているのです。月の魔人ヘカテの砦が下僕の魑魅魍魎どもが吐き出す瘴気で隔絶されているのでした。
「行きましょう。私たちはその為に精霊になったのよ」
「うん。中岡真白に近い人族だったからだね」
そんな理由なんかどうでも構わない。それが精霊の意思なのだとしたら、人はそれに従います。精霊族と共に生きてきた人族の本能なのです。何故とか、どうしてとかいう疑問なんて少しもありませんでした。
私は姉と共に風になって跳びました。焼け焦げた神社の境内が見る見るうちに遠ざかって行く。精霊が二人いれば、能力は相乗されます。力が漲っているのが感じられるのです。私一人では出来ないことでも、姉とならば何でも出来ると思ったのです。
「藍!」
「翠姉ぇ!」
甲冑兵の邪魅が行く手を塞いでいました。私の全身には鳥肌が立ったのです。ハルカさんを殺した奴らを許さない。無抵抗の学生たちを虐殺していった甲冑兵に、私は泡立つ肌の右腕を差し伸ばしました。
「風の剣」
腕の先に真空刃の刀身が具現化します。その長い切っ先に触れるものは、総てを斬り裂くのです。確かな手応えでした。薙ぎ払うように甲冑兵を叩き落とせたのです。
「藍。あれを見て。人々が砦を攻撃しているわ」
魔術を使えない人族の武器は、科学兵器です。戦車や戦闘機から爆弾を弾頭で飛ばします。兵士は銃火器を所持していて、装甲車で包囲網を作っていました。
「すごい」
私は身が震えました。精霊が呪力によって戦っているのよりも、人族は個々の破壊力としては劣っている。けれども、圧倒的多数な攻撃力で魑魅魍魎どもの作り出した瘴気の隔壁を確実に破壊していたのです。
!
甲冑兵が間断なく襲って来ます。風の剣を振り、既に数え切れぬほど倒しているのですが、途切れることがありませんでした。




