はるかの学校で
鎧張りの板壁が綺麗な図書館は、天を焦がすほどの業火の中にあった。並木道を挟んだ複雑に絡む校舎は、半分の屋根が沈んでいる。木造の柱が大半を折られて潰れてしまっている。僅かに残った部分にも、まるで砲弾を撃ち込まれたような穴が幾つも開いていた。
校舎の向こう側の校庭に、生徒たちが折り重なるようにして倒れている。死んでいるんだ。僕は背筋が凍りついた。これは戦場ではないか。いや、それよりも酷い。処刑場だ。
吐き気がした。僕と同じ学生が殺されている。高校生ばかりではない。小学生も中学生もいる。男の子も女の子も見境が無かった。
天空で轟音がしている。アイが二十の敵を相手にして戦っている音だった。あいつらがこの学校を破壊したんだ。ハルカの大切な仲間を、友達を大勢殺したんだ。
悲鳴が上がった。まだ無事な体育館からだった。閉ざしていた扉が開き、中から生徒たちが逃げ出して来る。
「ハジメくん。あいつが敵よ」
大きな鎌を掲げた甲冑兵が三体いた。スケートボードのような乗り物で宙を飛んでいた。
僕たちは腕を組んで共に飛翔しながら、敵とすれ違いざまに衝撃波を放ってやった。人族しかいないと思っていた奴らは、油断していたのか他愛もなく墜落した。
「あそこ!」
ハルカが急にある一点を指差して叫んだ。
「ハルカッ」
僕の腕を振りほどき、低空を飛翔している最中にハルカは飛び降りてしまった。それを敵が見逃す筈がない。再び大鎌を握り直して飛び掛かって来たのだった。
「逃げろ、ハルカーー」
僕は一体の甲冑兵に衝撃波を当てた。もう一体の甲冑兵には、体当たりをした。しかし、もう一体いたのだ。一瞬のことだ。同時に三体の甲冑兵を防ぐことは不可能だった。
「お前たちが探しているのは、こちらハルカだ」
ハルカが勇ましく叫んだ。三体目の甲冑兵が大鎌を振り上げる。
「私が相手をしてあげる。お前なんか怖くないわ」
そう言い終わった時、大鎌が振り降ろされた。
ピッーー
僕の耳にはそんな音が聞こえた。
そして、一条の赤い線が放物線を描いているのを見た。
僕の心臓は一瞬止まってしまった。
そんな気がした。
「何てことだ。どうしてこんなことになるんだ。本当に死んでしまうなんて有り得ないじゃないか。なぁ、ハルカ」
ハルカの首が、胴体を離れて宙を飛んでいる。
真っ赤な血液の飛沫を吹き出していた。
そして、真っ赤なフレームの眼鏡が、首よりも少し遅れて地面に落下した。
僕は呆然として立ち尽くしているハルカを、無我夢中で掴まえて空中へと飛び上がっていた。こちらの世界にいたハルカが殺されてしまった。赤い眼鏡を掛けて、左耳を出していたハルカが死んでしまった。
こんなことになってしまって、いったいハルカはどうなってしまうのだろうか。二人は一人ではなかったのか。一人が死んでしまっては、元にはもう戻れないではないか。
三体の甲冑兵が空を飛ぼうとしている。時間が無い。今はこのハルカを連れて逃げるしかない。佐藤姉妹はどうなったのだろうか。無事でいるのだろうか。これほど多くが殺されてしまっている状況では、生きている可能性は低い。
僕たちは決戦の前に敗れてしまった。
腕の中でぐったりしているハルカは、意識を失っている。あまりにも衝撃的過ぎたんだ。
自分が目の前で殺された。首を断ち斬られ、飛ばされたのだ。正常でいられるわけがない。僕だってどうしていいのか分からない。
とにかく逃げる。それしか頭に思い浮かばなかった。
あちらの世界への通り道は、大きく開いていた。こちらの世界の大惨事から、僕は逃げ出していた。