お寺で
寺の山門から中に入ると、境内に設置された竹の格子台に、願い事を短冊に書かれた風鈴が整然と並んでいる。風が吹くとその数六千の風鈴が一斉に涼しい音を響かせてくれた。
夏の暑さを一時忘れさせてくれる音色は、これだけの数が集まればとても賑やかで楽しい。風鈴は陶器製もあれば、硝子製も金属製もある。どれも耳には優しい音がしていた。
寺の裏には池があって、その向かい側から本堂を眺めると、直接には拝見できなかった御本尊様が、池の水面に反射して拝むことが出来る。そこで参拝者たちは手を合わせるのであった。
池の周りには笹の葉があって、折り紙で作られた網飾りや星・提灯などの七夕飾りがされていた。小さい子供たちが短冊を結わえ付けている。サンタクロースにお願いをするみたいに、靴下形の短冊を付けている男の子がいたり、恋のお願い事をしている浴衣姿のおませな女の子がいたりと微笑ましい。
僕とハルカは電車から偶然降りた街で、この場所に辿り着いた。駅の七夕祭りののぼりにハルカが惹かれて、途中下車したのだけれど、特に行き先があったわけでもなかった。
「あと二週間もありますから、お二人で旅行にでも行ってきてくださいよ」
アイの提案に僕は乗っかってしまった。ハルカの世界を僕に案内して欲しい。どんな世界で育ってきたのかを、僕に教えて欲しかった。
アイが僕の耳に手を当てて小声で言う。
「一線は越えないでくださいね」
「えーーーぇぇ」
馬鹿じゃないのか。ハルカは僕自身なんだよ。意識していなかったのに、そんな感情が湧いてしまうじゃないか。
ハルカがクラスメイトだったら、きっと好きになっていたと思う。そりゃあね。何度も命懸けで救ってきた女の子を好きにならない方がおかしいよ。
寺の池の前で僕たちは、二人並んで手を合わせる。日が暮れてきて、本堂内に灯が燈されると、池に御本尊様が浮かび上がった。幻想的な光景に、僕は感動している。隣にいるハルカの顔を盗み見て、僕はドキドキしていた。
仏さまの目には僕たちはどんなふうに見えているのだろう。同じ人。一人に見えているのだろうか。それとも、ちゃんと別人に見えているのだろうか。それなら、僕たちはきっと・・・
ヒューーーッ
ドォォォーーーン!
笛の音がして、菊の形をした花火が上がった。
ドォォォーーーン!
牡丹、柳、椰子。次々と花火が上がって行く。星型やスマイル。ちょっと傾いたハート型は僕の気持ちみたいだった。
大きな大きな錦冠が上がった。金色の輝きが枝垂れ柳のように長く尾を引いて降ってくる。
僕はそっとハルカと手を繋いだ。肩を寄せ合って、お互いの体温を感じる。
すぐそこに優しい瞳でハルカが見詰めてくれていた。