精霊の風の中で
風が私の髪をなびかせる。気持ちいい。学校から緊急早退をして戻った自宅で、窓から首を出して景色を楽しんでいた時の優しく頬を撫でていく柔らかい風を思い出した。お母さんが作ってくれた朝ごはんのハムエッグとお味噌汁は美味しかったな。
涙が出た。優しく頬を撫でてくれていた風が、その涙を拭ってくれる。風に乗って熱い想いをハジメへと届けてくれている気がした。
「ゲン先輩!」
柔らかい風の中から、ショートボブのさらさらの髪を風になびかせて、女の子が現れた。
くるくる、くるくる。
くるくる、くるくる。
魔法の杖が回っている。
「佐藤さん?」
佐藤の妹が風を操って、真白の動きを封じている。風がつむじ風になり、旋風から竜巻に変化して、真白を閉じ込めていた。
「諦めてしまうんですか。ゲン先輩はヒーローなんでしょ。それにハジメさんだってヒーローなんです。ゲン先輩を見捨ててしまう筈がないですよ。ハジメさんはまだ絶対に諦めてなんかいませんよ」
「でも、ハジメくんはもう・・・」
「生きていますよ。ゲン先輩を残して死んでしまう人ではないでしょ」
真白が反撃に転じようと、竜巻の中心を粉砕して脱出した。佐藤の妹が魔法の杖を振って、幾つもの風を巻き上げていた。
「心臓を潰されたのよ。真白にこうやって――」
私は真白の真似をして拳を握り締めた。もうハジメには苦しんで欲しくない。死んでしまったのだから、穏やかにいて欲しい。
「――でも、生きているの? 生きてくれているの?」
嬉しい。安らかに眠って欲しいだなんて、少しでも考えしまった私が許せなかった。
「ゲン――先輩」
私に話し掛ける佐藤の妹が焦っている。私に構っている暇も無くなっていた。
真白が風の攻撃をかわしてしまう。絶え間なく風を作っては攻撃を続けているが、真白が持つ呪力が佐藤の妹の風の力を圧倒的に上回っているようだった。
「ゲン先輩。いいえ、ハルカさん。私はあなたが知っている人に似ているけれど、あなたの世界の人とは違います。私は風の精霊。この世界を守護する者です。だからどうしてもここを守らなくてはならない。その為にあなたが必要になった。だから―――」
総ての風を真白が無力化する。風の精霊の佐藤藍の力を完全に押し込めてしまっていたのだった。