彼がいなくなる世界で
ハジメの魔力である衝撃波が男たちに放たれる。死さえも覚悟してくれているハジメの魔力は凄まじさを増している。一瞬で十の剣を粉砕し、男たちを吹き飛ばしていた。
「掴まるんだ、ハルカ。もうここにいてはダメだ。家まで瞬間移動する・・・ぞっ―― 」
ハジメが急に左胸を鷲掴んで苦しみ出した。呻き声すら上げられないのか、全身を硬直させて痛みに耐えているようだった。
「ふふっ。そいつの心臓を掴んでやっているのだよ。こうやってね」
ハジメの衝撃波の中を、真白だけが平然と回避していた。そして、腕を突き出して何かを握っている仕草をしている。
更にハジメが苦しみ出した。しかもそれはただならぬ様子だった。自らの左胸を鷲掴み、呼吸さえも出来ない。
ハジメの心臓が握られている。
「止めて、真白。そんなことしないで」
真白が更に拳を握り締める。それと共にハジメが、地獄のような痛みにのたうち回るのだった。
「そいつはこの世界でのハルカだよね。だから死んでもらう」
残酷な表情を浮かべ、ついに真白は拳を握り潰してしまった。ハジメが引き攣れるような呼吸をすると、全身を硬直させたまま卒倒した。
「ハジメくん。しっかりして」
痙攣している肉体。やがてその震えは次第に小さくなり、眠るかのようにハジメは静かになっていった。
「嫌だ。いやだ。イヤだ。いやああああああああああああああああああああああ」
私が死んだ。男の子の私が死んでしまった。私の分身。私自身。私が、私は死んでしまった。
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああ」
もう、どうでもいい。私なんか、どうでもいい。どうなっても構わない。私がハジメを殺してしまったんだ。元の世界に帰りたいと願ったばかりに、私は一番掛け替えのない人を失ってしまった。
「真白。私も殺して頂戴。ハジメくんの後を追いたい」
焦燥感。絶望感。喪失感。無常感。無力感。孤独感。恐怖感。失望感。いろいろな感覚が私を襲う。結局、私の存在感はこの世界にあってはならなかったのだ。
「いいえ、後なんて追う資格がない。ハジメくんを自由にさせてあげたい。だから、私を何も残らないように、跡形もなく消し去って欲しいの」
死の世界に行ってまで、ハジメに迷惑を掛けられない。何も恩返しも出来ない。出来るのは、たった一つ持っている命を、ハジメの為に捧げることだけだった。
真白が鼻でせせら笑っている。人の死など歯牙にも掛けていないのだ。
「いじらしいとでも言わせたいのか、ハルカ。その健気そうな態度は、以前と少しも変わらないな。そうやってお前は、あっちの世界の私を殺したことを覚えていないのか」
!
月明かりの中にいる白いポロシャツと黄色い半ズボンの女の子が脳裏に浮かんだ。私はいったい何をしたのだろうか。
「いいだろう。望み通りの死を与えてやろう。それがお前には相応しい」